2012年06月12日

魏と同盟しなかった諸葛亮孔明は愚者

1 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/05(火) 11:03:33.79
三国志の本が読める人は一部の特権階級


2 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/05(火) 11:08:42.95
>>1
なぁ、お前馬鹿じゃねぇか?
4 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 12:39:40.95
諸葛孔明を愚かとは思わないが、
魏と蜀が同盟して呉と対峙するという、
>>1の発想は悪くないと思う。
5 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 16:07:27.42
>>1はゲーム脳。時代がわかってない
6 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 17:31:07.86
>>4
そんなことできなかったから呉がやりたい放題できたんだろ。
現実を学べ。
12 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 20:01:52.21
>>1は馬鹿だから分かってないだろうけど天下三分は魏を倒すための計略だからな
51 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/10(日) 23:40:29.37
>>1
理不尽押し付けてくる巨大勢力にはさっさと尻尾振るが吉。
なんて考えは果てしなくカッコ悪い上にヘタレそのものじゃないの。
9 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 19:40:13.00
そもそも蜀の建国意義は「政権を簒奪した魏を討伐し、漢朝を再興する」なんだから、魏と組んだら本末転倒だろうが。
天下三分の計の段階から「反曹操勢力で同盟を組んで曹操を倒す」のが劉備と諸葛亮の主目的なんだから。
夷陵の戦いが異常だっただけ。

ちなみに諸葛亮は徐州の出身。曹操が徐州で行った虐殺を考えれば、魏と組むわけがない。
10 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 19:54:27.94
徐州出身で曹操に仕えた人、いないか?
13 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 20:12:36.25
>>10 陳登は豪族階級だろ
探せば徐州出身者は居るだろうけど、諸葛亮の放浪期間と徐州虐殺の時期はほぼ一致するからって推測
14 :燕人常元 ◆OParSO0UZk 2011/04/06(水) 20:21:55.32
あーそうか
他にって言ったら陳矯と王朗くらいかな?
15 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 20:40:20.19
>>14 王郎は徐州虐殺の頃には遠く離れた会稽太守。孫策にぼろ負けしたところ曹操に召し出されてるから、むしろ恩義を感じてると思われる。
陳矯は元々陳登配下で許昌との連絡役だった事から、少なくとも曹操に悪い感情は持ってなかったと思う
(持っているなら連絡役にはならないし、陳登もそうしない)
16 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 20:53:21.04
>>14 ついでに、呉書諸葛瑾伝には「郷里が壊滅し生き物が根絶やしになる事態に遭って、墳墓の地を捨てた」という趣旨の記述もある
    時期的にもそんなに大きな事件は徐州虐殺くらいだしね
17 :燕人常元 ◆OParSO0UZk 2011/04/06(水) 22:16:50.44
なるほどな
解説どもです

しかし魏と組んでどーすんの?あれだけやったら手を組むのは無理
呉の場合は夷陵で潰されても利害の一致で自然と
魏も隙を見て攻めてきてたしね
18 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/06(水) 22:37:37.06
魏と蜀がどんな関係か説明されてもわからないやつがいるらしい


陳登が豪族階級って根拠は?
19 :132011/04/06(水) 22:52:55.87
>>18 陳登は徐州の有力者だし父親の陳珪が広漢太守陳ヒの孫、太尉陳球の甥、呉郡太守陳ウ・汝陰太守陳?の従兄弟だから
    あながち間違いとも言えないだろうけど、確かに断定するのはまずかったかもしれない。
     
    実際に戦渦に巻き込まれて避難していた可能性のある諸葛亮と徐州責任者の陳登では事情が違うというのが言いたかった。
20 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 00:21:23.11
劉備軍って徐州時代からアンチ曹操の溜まり場みたいな勢力だしなぁ。
22 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 00:43:30.82
まさか!?諸葛亮スレで活躍したアイツか!?
だから幕末とは合わないんだからやめろって言われただろ
23 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 03:17:00.93
蜀に限らず曹操はやたら統治下の領内でも民衆から反乱起こされてる
曹操はトップとして統治するのは下手だった
25 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 11:03:54.25
>>22
最後の方は戦国時代と比較してそれも的外れだったな

>>23
劉備が反乱少ない方か?
24 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 07:55:42.45
まぁ曹賊はコルホース化を推し進める共産野郎なので嫌われて当然。
26 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 11:34:21.86
諸葛亮のいない劉禅時代であれば
同盟とは言わないかもしれないが、南宋と金の関係になるのもアリだったのでは。
28 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 12:18:32.52
>>26
なんか魏と蜀の同盟は蜀さえ頷けば可能みたいな論調の人たまにいるけど、
魏の立場で考えてみたらどうだろう。自分に禅譲したはずの漢王朝を名乗る
地方反乱を、容認することは可能か?漢がまだ続いてることを認めたら魏は
僭称の逆賊ってことになるじゃん。
30 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 13:31:49.38
>>28
その人は、諸葛亮スレで何を言っても聞き入れませんでした。
皆で魏と蜀の関係とかいろいろ話したんだけどね。

魏:俺が漢の後継者だ!偽者は許さん!
蜀:よくも漢を乗っ取ったな!許さん!
で不倶戴天の敵なのに・・・
29 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 12:25:15.93
皇帝が他の皇帝を認めるってのは三国鼎立という異常事態での孫権の発明で、
本当に皇帝の意味が変わった(有力者=皇帝)のは支配層が入れ替わった五胡十
六国時代。
後漢末〜三国時代の皇帝は他の時代に例えようがない。例えられると思ってる
人は既に何か間違ってる。
31 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 13:53:56.99
細かいことつっこむけど、「乗っ取ったな」じゃ漢が終わったことを認める
ことになるからそれも違うんだよね。
蜀:漢を継いだ?いや、漢ここに続いてるし。おまえ皇帝じゃねーし
みたいな感じ。
34 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 14:17:40.88
魏は、冀州の反乱は曹操が死んだあとにやっと収まり、
青州の反乱とか、徐州の反乱とかは、魏ができてからも続いた
41 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/09(土) 14:18:23.39
>>34
詳しく教えてくれ
42 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/10(日) 18:36:14.61
>>34
の内容って何読めばわかる?
133 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/16(土) 14:06:12.52
>>132
別に今動いてる議題もないし、いいんじゃねぇの

>>34について誰か詳しく教えてくれんか?
37 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/07(木) 16:56:57.09
統一もできてないのに禅譲させた曹丕が愚か。
統一しても誰かが批判したり皇帝僭称したりするかもしれない、だけどすぐ
にひっぱたいて黙らせれば「やっぱり魏が正統で唯一の皇帝だ」ということ
になる。
47 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/10(日) 22:24:31.21
>>37
後漢の劉秀の即位も統一前
晋の司馬炎の即位も統一前
南北時代は言わずもがな
隋の楊堅の即位も統一前
唐の李淵の即位も統一前
五代十国時代は言わずもがな
宋の趙匡胤の即位も統一前

統一後に皇帝を名乗ったのは秦の始皇帝、漢の高祖くらいじゃね?
49 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/10(日) 22:33:36.90
>>47
劉秀は前漢の皇帝と同姓。王莽に奪われていたのが取り戻されただけ、と説明できる。
司馬炎以降は曹丕が前例になった。前例を作ったから「曹丕は愚か」なんじゃないか?
50 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/10(日) 22:39:38.01
>>47
「曹丕の判断がどうだったか」に曹丕以降は関係ないと思うっよ
52 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/10(日) 23:40:35.42
>>49
劉秀はすでに即位している更始帝の臣下にありながら、袂を分かれて皇帝に即位した。
王莽から取り戻したと説明するには多少難がある
58 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 11:17:31.89
>>47-52
劉秀って王朝創始者じゃないだろ?「後漢王朝」を始めたんじゃなくて
漢王朝を再興しただけなんだから。
「王朝創始者」を比べるなら曹丕の前の皇帝はエイ政と劉邦(と王莽?)だ
けだと思うんだが。
64 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 18:49:46.68
>>58
> 漢王朝を再興しただけなんだから。
建て前を本音として受け取ってどないするんよ?
40 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/08(金) 16:38:40.82
釣り師が来ないとただの正論スレだな
43 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/10(日) 19:05:27.95
>>40
え?
48 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/10(日) 22:30:23.14
ゲームとかの影響かなあ?三国を統一しなきゃいけないという変な固定概念ができてるね。
俺はそんなわけないと思うんだけど。
戦国時代、武将はみんな京を目指して天下統一を夢みてた。ってのは嘘らしいって説を
聞いた事がある。ほとんどの武将が領土維持しか考えてなかった。って説。

魏と蜀の同盟は可能か。の議論から「となりの皇帝を許せるか?」って議論になったけど。
易姓革命だっけ?とか正統王朝として偽帝は倒さなきゃいけないって俺嘘だと思うよ。

そもそもさ。三国時代ってのは後漢から続いてるわけだよね。後漢の末期で皇帝の威厳
みたいのは失われてるし。三国になる間にそれこそ戦国時代並の群雄割拠があったわけでしょ。
それぞれの勢力がかってに争い、勝手に同盟組んでたりしたわけで。ソウヒ皇帝とリュウゼン皇帝が
同盟結んだってそれと似たようなものと捉えられるだろうし。
53 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 00:04:59.32
>>48
まさかここまでとは・・・!
どんな正論も通用しなかったのが分かった様な気がする。
55 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 11:00:15.06
>>48
中国の皇帝を舐めすぎ
堯舜から調べ直してこい
56 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 11:10:17.11
>>48
?信長の野望を楽しくプレイ→戦国大名はみんな天下を取ろうと戦った!

?ちょっと本を読んでみた→実はそうではないらしい

?他の戦国ファンを見下した→優越感気持ちイイ!

?信長の野望も三国しもおなじかいしゃがげーむつくってるぞ!

?ちゅうごくのこうていもせんごくだいみょとおなじだ!
54 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 00:10:41.31
孫権「せめて百日五丈原〜続いておればこの天下、俺のものにしていたものを〜」
60 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 16:33:29.84
どんなクズだろうが外人だろうが一番強けりゃ正統な皇帝になれるのが中国って国なんだから
深く考えるだけ無駄なんだって、だから。
65 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 18:57:22.18
>>60
前時代の名実的正統をぶっ潰し、中国全土を全てに
自分の旗を靡かせるような力ある王ならばその通りと言えるが
中途半端な力しか持ってない(中国の北半分を制圧した程度)ようなヤツは
単に世の中を乱し、自称皇帝を気取るだけの小物だがな。
66 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 19:04:23.04
>>65
孫権は2〜3割、劉備は1割程度で天下を統べる勢力すら築けていないのに
皇帝を僭称した小物中の小物ってことでok?
111 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 16:18:17.30
魏ってけっこう手厚く山陽公の面倒みてるしなぁ
正統王朝という自信と責任感があったと思うよ
>>60みたいな感覚じゃなかったのは確か
62 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 17:11:19.20
こいつ考えるだけ無駄という基本姿勢だけはブレないな

「三国時代は勢いでなんとかなった時代!戦略や兵站を真面目に考えるのは無駄!」
「手元の地図だと黄河と長江しか川がないから中国には他に川がないんだろう」
「秦嶺越えが大変だったら諸葛亮は山を削れば良かった」

すぐ思い出せるだけでもこんな奴だわ
63 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 18:41:52.09
>>62
>「秦嶺越えが大変だったら諸葛亮は山を削れば良かった」

あ、ごめん。これは俺かも。
あれ?トンネル掘ればってカキコだったかな?すまんすまん。

コイツは、幕末にむりやり当てはめてたのは目立ったな〜。
価値観が違う事を何度も言われても理解しなかったのはすごいかも
69 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 19:37:06.23
>>63
同じような時期に

「山肌に棚田のようなものを作れば生産力が上がって兵站改善」

とも言ってたからポピュラスのDS版でもやってたんじゃないかと思ったり
71 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 20:56:55.40
>>69
あ〜、じゃぁ俺じゃないや。
山に棚田・・・ただ作ればいいってもんじゃないのに・・・
67 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 19:10:55.90
俺はそうだと思ってるけどね。
三者三様に「正統」などという言葉とは程遠い、自称皇帝に過ぎない小物。
劉備は劉性であることを利用するだけ利用して懐古老害を垂れ流す実力不足。
曹賊は名実的正統を持たない国家大乱の賊徒。
孫権は名実的にも、実質的にも皇帝なんぞ名乗る資格すらない野良犬。

所詮、三者共小物。
70 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 20:13:53.18
所詮、三者共小物。 と2chにぐだぐだと書きこむだけで
自分ではその三者に遠く及ばない存在の>>67自身は
自分自身を小物にもなれない微生物中の微生物と考えているのであろう

でokですよね?
72 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 22:18:10.05
>>64
皇帝関係は建前が大事なことくらい知っとけ。
讖緯説とか封禅とか禅譲とか知ってるだろ?

>>65
君が「正統」の意味を理解してないだけ。
>>67で「名実的にも、実質的にも」なんて言ってるが、頭大丈夫か?
日本語勉強中だったらごめんね。
75 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 23:29:05.23
>>70
そういうただ煽りたいだけの下らんレスは要らん
ニュー速にでも行け
68 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 19:19:27.64
チンギスハン、李世民、趙匡胤、始皇帝らを並べて見ると
そのチープさもより引き立つなw
73 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 22:21:18.75
名実的www
「ソウヒ皇帝」といい、独特な言葉が生まれるおもしろいスレだな
76 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 23:34:21.13
呉帝自称は大事件だよな
正統論を超越してんだから
何様だよおまえって感じ
83 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 12:19:01.52
>>76
孫権が皇帝になったことを悪と言うなら、それを可能にした状況が悪いと
言うべきだろう。
まず全土に軍事制裁ができない曹丕が皇帝になった。地方反乱の自称皇帝
と、世襲や禅譲の理論に守られた公認皇帝はあくまでも別格だったのに、
これで公認皇帝の格が落ちた。
次に、漢帝の復権を訴えていたはずの劉備が、劉協存命にも関わらず皇帝
になった。
形式上輔弼の臣であり続けた曹操と違い、曹丕を明確な逆賊と非難する好
機だったはずなのに、劉備も結局は帝位を狙っていた曹丕と同列の逆賊に
なった。
あくまでも劉協を唯一の皇帝と主張すれば皇帝の価値も下がらないし、魏
の士大夫の一部の支持が得られたかもしれない。
劉協が殺害されたという誤報から半年、軌道修正できなかったのが残念だ。
>
84 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 12:24:02.46
>>76
二帝並立の状況で、どちらにも臣従する必要のない実力を持つ孫権が、
一人格下でいる必要はないし、外交上いちいちへりくだっていては不利
でさえある。
しかも状況は呉に有利だ。三大勢力の残り二勢力は絶対に互いを容認で
きないのだから。
もちろん孫権が皇帝になると、魏との外交の可能性を放棄することにな
る。しかし最大勢力にとって外交とは、服従の要請一択である。対等の
同盟にはならない。
一方最小勢力の蜀は魏の正統を認めない立場上、呉と断絶することはで
きない。なぜ呉の皇帝を認めるなら魏の皇帝も認められるはず、となら
ないかと言えば、何よりも魏の自称禅譲が認められないからだ。
同じ皇帝僭称でも、魏を認めれば蜀は自分が皇帝である理由を失う。呉
なら二帝という矛盾だけで済む(それでも大問題だ)が、魏と外交すれば
相手だけ皇帝ということになってしまう。

繰り返すが、確かに孫権の王朝創始は事実上地方反乱の一種で、小国乱
立のさきがけとなった。
しかしことさら正統性がない、理由もなくなどと批判するのは見当違い
だ。魏と蜀は後世の都合で正統主張されただけで、当時は三国とも彼ら
なりの理由で皇帝になったのだ。
また曹丕と劉備が孫権を皇帝に届かせたと同時に、追い込んだとも言え
る。孫権の前に既に皇帝の格は下がっており、しかも皇帝になるか誰か
に臣従するか、の選択だった。
私には>>76-77のように、三者のうち誰が悪かった、と言うことはできな
い。三国鼎立が後世にも影響する悪だと言うなら、三人全員がその状況
を作るのに関わったと言うしかない。
77 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/11(月) 23:34:42.40
孫権、劉備

こいつ等は中国を衰退させた国賊以外の何者でも無いな。
せっかく曹丕が禅譲という穏健的な方法で帝位を受け継いだのに、
小学生並の幼稚な理論でごねて、無駄に戦乱を長引かせて中原を疲弊させた大奸賊。
79 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 08:49:36.60
>>77
知識人(ジュンイク等)や儒家が”漢”に仕えていたという事をお忘れなく
82 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 12:18:23.69
>>76
しかし根源的には、皇帝になるのに前皇帝の意向なんて関係ない。
皇帝の息子が自動的に皇帝を継ぐなんて世襲理論の正当化に過ぎないし、
禅譲が欺瞞なことは言うまでもない。軍事的な脅迫で地位を奪っている
だけだ。
当たり前のことだが始皇帝は前の皇帝から帝位を継承したわけではない。
劉邦もそうだ。
まぁ彼らは中華と呼ばれる範囲を制圧して誰かから文句を言われない状
況を獲得したわけだが、少なくとも前任者との関係が皇帝就任の条件で
ないことは明白だ。前皇帝の子孫じゃなくていいし、禅譲を受けなくて
もいいわけだ。

ではなぜ孫権が正統でないと言われるか。所詮は後世の王朝の利害だ。
魏に禅譲を受けた晋は何が何でも魏を正統としなければならなかった。
魏晋の必死の宣伝工作で禅譲が正当な手段であることはかなり強く定着
した。
また南宋のように中原を追い出されたが同姓の者(皇族)が王朝を続ける
という場合、蜀の正統が主張されることもあった。目に見えない天命の
理論よりも、世襲の理論は誰にでもわかりやすい。

一方の呉は、統一王朝にとっては地方反乱を促進する理論とも言える。
その点では>>77の言うとおり。袁術や許昌ですら正統と言えなくもない
ことになってしまう。だが、あくまでも統一王朝にとって不都合という
だけで、正統性がないなどと言うことはできない。
>
81 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 11:54:36.88
諸葛一族は没落気味の元エリートで、出世欲は強かったのではないか?
亮や謹は呉と蜀へ仕官し政治の中枢部として、また魏にも諸葛の者が仕えてた記録もあり、親族のコネで固まる事もなく

つまり天下三分の計の根本には諸葛一族が生き延びる為に各勢力に潜り込み、一族の繁栄という真の目的があったのだろう

だが中央政庁であった魏において諸葛は登りつめることは出来ず、その後天下を掠めた司馬一族の当て馬として、後世において評価を高めた、というのが本当の所ではないでしょうかね?
85 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 17:21:20.45
正統性の話をするなら、劉備も孫権も袁術も同レベルだろう
何で魏晋南北朝なんてふうに呼ばれてるか考えてみるといい
86 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 18:20:41.67
劉備が漢王朝を復興するってスローガンを掲げること自体が盗人猛々しい

漢王朝から戴いた左将軍の地位を返上して漢中王を自称=僭称している
これはどう言葉を取り繕っても漢王朝からの独立宣言=漢王朝に対する反逆でしかない

失敗した反逆者に正統性なんてありゃしない
92 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 21:59:32.68
>>91
つ>>86
96 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 23:00:19.62
結局>>86なんだよな
こんな事やってる奴がどんな綺麗事並べようと説得力皆無な件
98 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 23:52:59.73
>>86がそもそも意味合いが違っているというのに・・・
99 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 00:05:23.54
>>98
劉の姓(漢)に正統性があるかないかの話でしょ?
>>86のは劉備の性格の話になってる
108 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 12:39:41.18
つーか禅譲の意味が分かってないな
禅譲ってのは自分よりも優れた者に帝位を譲る事であって、
無理矢理奪い取る事ではない。
つまり献帝は曹丕が皇帝になる事を認めた訳で。
これを認めず皇帝を僭称した劉備は、魏どころか漢をも否定したのと同じ事。
おまけに>>86みたいな事までやってるんだから、劉備は国賊と言われても仕方ない。
110 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 15:50:21.73
あれ?
>>86からすると、正当な魏は、反逆者の蜀とは同盟なんて無理!
って事になって結論?
116 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 23:05:56.77
>>110
魏から同盟を申し込むことはないだろう

同盟を申し込むタイミングにもよるが蜀から同盟を申し込んでも
魏からしたら同盟ではなく帰順と捉えるんじゃないか?
完全な帰順とまでいかなくとも、限りなく帰順に近い不平等な約定なしに
締結することはないだろうと考える
少なくとも漢の皇帝を名乗ったままでは無理でしょう
118 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 00:54:12.42
>>116
ところが!あいつは漢の皇帝を名乗ったまま蜀魏の同盟が可能と・・・!

また振り出しに戻るのかね?
88 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 19:09:30.42
匈奴の劉淵が独立した際に漢を自称して漢王朝復興をスローガンに掲げてるのと大差ない

南北朝時代、劉裕は劉姓でありながら漢王朝に何の縁もないとして独立したとき
国号を漢とせず、宋と称した
劉姓の持つ意味なんてこの程度
89 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 19:39:50.26
漢の威光が照り輝くような世の中なら
劉氏=正統なんだよ
劉備にしても、自分が漢王朝の〜とか言ってるだけで大義名分が転がり込んでくるんだから
それを存分に利用していたというだけの話
漢以降〜隋までの地方国家乱立の弱小時代の王共は、力がなかったが故に
漢の名に縋り、漢の名を利用した
90 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 20:28:38.95
漢の威光を地に落す行為をしておいて、漢の威光が照り輝くも何もない
劉備の行動が漢、ひいては劉氏の正統性を穢しているってこった
91 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 21:30:50.22
曹魏に奪われた漢を取り戻すんだっていう意思表示だろが。
蜀漢の国是を忘れたか
93 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 22:18:35.05
でも蜀には当初、帝が弑逆されたって伝わったんでしょ?
なら漢の遺志を継ぐのは人気、実力共に最も相応しい劉備ってことになるんじゃないかな
94 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 22:23:59.98
その前に漢中王の僭称して漢朝に反逆してるって
これは曹操存命中の出来事、曹丕の簒奪前
反逆しておいて漢の遺志を継ぐって盗人猛々しいっての
何度書かせれば解るのよ?
95 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 22:26:15.22
93の続き
本人が帝になろうという意志があろうがなかろうが部下が背中を押すだろうし
劉備としてもそんな部下の支持を無視することはできないと思う
97 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/12(火) 23:36:39.27
誰も劉備が聖人君子だなんて思ってないよ
むしろ劉の姓をとことん利用したペテン師とも思える
けどそれは彼一人のせいではなくて彼を担ぎ上げる時代の風潮があったということ
100 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 00:09:18.59
姓が劉であれば漢の王統を継ぐ正当性があるか?
なんて話しなら、んなもんないで終了
101 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 00:16:21.33
王を自称=僭称(身分制度のある社会において、本人の身分を越えた地位、称号を名乗ることをいう)=反逆って何故・・・
皇帝の一族(これは怪しいけど)が王を名乗る事は反逆にはならないんだって

なんか疲れてきた・・・
104 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 01:46:55.01
>>101
> なんか疲れてきた・・・
こっちの台詞だってば

漢王朝に限らず中国帝国では王の任命権は皇帝にある
皇帝の許可を得ずに勝手に自称したらそれ即ち僭称、漢室と縁者であっても越権行為、これ常識
本気で皇帝の一族であれば王を自称して良いなんて考えてるなら改めた方が良い

さらに皇帝より拝命した官位(左将軍)を返上してとなれば
それは独立宣言、漢王朝に三行半を投げつけたに等しい、漢王朝に対する反逆以外の何者でもない
これが反逆でないなら何が反逆かってくらい見事な反逆行為
君側の奸を討つためなんて反論にもならない、なぜなら君側の奸を討つのに官位返上の必要性は皆無

袁術の皇帝僭称と1?の違いもない
102 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 00:28:03.13
そりゃ漢の皇帝は劉氏だもの。
どれだけ功績があろうが他家がこれに成り代わろうとすれば
劉氏の打倒しかない。
確かに劉協があるのならば、劉協をこそが至尊の位にあるが
他家に簒奪される危機に遭い、子々孫々に受け継がれてきた劉氏の伝統が
奪われるという状態に陥っているならば、劉氏と漢の名を守るためにやむなく
王を名乗る。
と、いう大義名分が劉備にも転がり込んでくる。
簒奪の意志ありきで劉氏の天下を転覆させようとした曹賊とは根本から違う。
106 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 06:54:18.76
>>104
つ>>102
103 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 00:41:29.52
王朝は同性の一族による世襲。
簒奪で新しい王朝をたてるぞ〜!ってのと、旧王朝の復興をするぞ〜!
それぞれの立場からすれば正当なわけで。
この場合、敵対関係になるから同盟は無理よ。
105 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 06:34:48.99
劉備が王や皇帝を自称した時、劉協の心中はどんなだったんだろう

『漢の命脈は遠い辺境の地に受け継がれている。本流は絶えたが劉備に漢の再興を託そう』

表向きは「曹操、逆賊を討て」だけどこう考えていてほしい蜀ファンは俺だけじゃないはず
107 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 10:19:59.17
劉協「曹賊も劉備も俺の生まれる前か死んだ後にやってくれ」
109 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 13:44:54.73
禅譲は見た目で、実際は簒奪じゃないかよ。
112 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 16:55:41.96
>>109
実際はどうか、なんてどうやって証明するの?
献帝に「実は無理矢理…」とか言わせるの?
文帝紀読めば分かるけど、曹丕はかなり手際良いよ。
魏が正統と言われるようなだけの事にはなってる
124 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 18:22:13.55
>>88
劉淵が100年近く後に劉を名乗って漢を号するのが有利だと判断したん
だから、むしろ劉の姓の強力さに驚くよ(中華の理論では異姓だから、
無学な庶民向けのアピールだね)。

>>108
>これを認めず皇帝を僭称した劉備は、魏どころか漢をも否定したのと同じ事
それはさすがに大間違い。禅譲したこと自体が魏の捏造という立場だから。

>>112
>曹丕はかなり手際良いよ
俺には相当やましかったか、士大夫の非難や妨害を恐れたためにくどく
素早くやったように見える。
まぁ読み方はいろいろだわな。
125 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 18:57:43.49
>>124
あの禅譲の手順、すげ〜嫌がらせとしか思えない。
帝の位を譲ります→お断りします
を何回繰り返してんだ。

帝の位を譲ります→お断りします→じゃぁ、譲るのやーめた
とかやったら殺されるね・・・
126 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 19:42:33.32
>>125
台本通り演じれば大丈夫。
127 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 19:53:15.87
>>125
嫌味なのは諸葛亮を真似したんじゃね
113 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 19:39:54.78
文帝紀に「実際」なんて書かれてるの?
123 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 16:06:57.43
>>113
何言ってんの君?
114 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 19:50:35.50
漢の丞相というナンバー2の地位に居るのに
なんか、独立して魏公になろうとしてる。

更に上の魏王とか求め始めてきた。

南には同じ劉氏の劉備が対抗勢力として残ってる。

自分自身の立場をたかが臣下如きにコケにされまくってる上
同族の劉備は残った劉性の中で、曹操とも対抗しうる勢力になっている。

この状況で禅譲って誰に?なるよな。
禅譲を隠れ蓑にした簒奪行為だと思う。
115 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/13(水) 21:47:48.32
禅譲&簒奪の意味、魏武輔漢の故事・・・間違えてないよな。

魏を正当化・・・曹操信者だとこうなのか?
117 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 00:37:49.98
南北朝の後魏、東晋が曹魏西晋の後継国家の時点で蜀の正統論死亡
122 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 10:15:42.52
禅譲した奴が正義、みたいな主張してる人がいるが、皇帝になるのに禅譲は
補強理論の一つでしかないぞ。放伐も正義、臣民の擁立も正義だ。
禅譲が唯一という思い込みは、後世それが主流になった(というかある程度
強力な新興政権が好んで繰り返した)というだけのこと。後世に影響された
見方と言える。

>>117
ところが、皇族が皇帝を自称した形の東晋では蜀正統論が復活するんだな。
148 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 13:45:54.69
>>122
> ところが、皇族が皇帝を自称した形の東晋では蜀正統論が復活するんだな。

それって中原を追い出されて涙目の負け犬が苦し紛れに吠えてただけじゃないの?
清代に「日本こそ中華!」と喚いてた奴と同じくらい見苦しい珍論だと思うが。
119 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 01:11:20.69
振り出しも何も…
AHOの戯言を気にして当たり前と思しき意見を引っ込める理由があるまい?
120 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 03:53:59.83
アホVSアホを相手にするバカ
121 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 10:00:52.32
>>120
踊るアホウと見るアホウって感じだな。
見るアホウの方が気持ちいいかい?
128 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 22:55:51.52
カタカナは昔の発言をコピペされるとしばらく黙る

豆知識な
129 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/14(木) 23:55:48.99
諸葛亮「ああ、魏と同盟したい!」でも相手にしてくれなかったらどうしよう!
そうだ!北伐をして、魏の連中を注目させちゃえば好意的に見てくれるかもしれない・・・!
魏延の長安奇襲は却下だ!本当に陥落させちゃったら嫌われてしまう!

寝ぼけてなんかくだらない事を・・・
131 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/15(金) 20:21:42.95
四川盆地の農業が秦嶺山脈以北では使えなかったってホントかね。
132 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/16(土) 12:42:58.57
>>131
秦嶺以北は寒冷で土地も痩せ過ぎいるので米作中心の四川の農業は無理

てかスレ違い
134 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/16(土) 17:51:34.50
つ魏書
138 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/16(土) 23:03:55.07
>>134
日本語わからない?
135 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/16(土) 22:43:17.16
形式的な正当性なんかを論争するのなんて無意味じゃね?
形式だけが重要ならエジプト人民がムバラク政権を転覆させるのだってしちゃいけないってことになるし
劉備の漢中王就任も曹操が魏王に就任したことへの非難と皮肉を込めた行動としてはまあ普通だと思う
劉備が非難されるとしたら反曹の人々の期待に応えられなかったことだけだね
144 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 10:06:23.35
>>135
魏晋南北朝という時代区分について一言どうぞ
154 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/18(月) 13:03:22.43
>>144
五胡十六国時代という時代区分について一言
167 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 16:07:29.06
>>154
鸚鵡返しは敗北宣言と同義だから
覚えておくといい
137 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/16(土) 22:52:59.24
まーそうかも知れんがここはカタカナスレだから
魏との同盟自体が無茶振りな上に大義名分とか考えなくていいって所からスタート
そっから名分大事だよとか劉備に名分なんかないとか話題がスライドしてってる
140 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 00:22:18.29
>>137
長い長い議論でしたね。
なんかそろそろ終わりそうな気がしますが・・・
141 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 07:05:16.65
>>140
ネタスレだったということでいいだろう、誰の目にも結論は明らかだし
続きはゆとり教育の弊害スレでも立ててそちらでどうぞってことで
143 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 10:02:41.54
>>140
議論と言うには悲しいくらい平行線だったな
139 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/16(土) 23:47:10.49
形式的な正当性がおおよそ正統だから意味はだいたい合ってる
142 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 10:01:40.60
>>139
せめて辞書でも引いてから書き込まないか?
思い込みじゃなくてちゃんと調べるか考えるかすれば正当と正統の違いくらいわかるから。
146 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 12:55:06.65
魏晋南北朝というのは後漢と隋唐に挟まれた動乱期をひと括りにする言い方で
別に魏の正統性を強調するために作られた時代区分じゃないし
147 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 13:34:04.03
晋にしても王朝を纂奪した負い目があるから魏だったら存在すら認められない蜀漢を正統ではないにせよ認めているわけだしな
まぁどこが正統かなんて後世の王朝の都合でどうにでもなる
149 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 19:22:33.98
三国演義の絶大な浸透力の前に、当代の史実持ってきて
魏の方が正統だったんだ!と喚く事も同じ位の珍論じゃないの?
それもまた三国演義に押し潰された涙目の負け犬が苦し紛れに吠えてるだけでしょ。

正統の王朝というのは、後世の価値観がどう変わっても
その時代の正統であり続けるものだよ。
他に対抗するものもなく、大陸全土に自分の性の旗が靡いているのだから。
正閏論なんてもんが存在する時点で
その時代には絶対的な正統なんて居なかった証拠。
150 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/17(日) 22:03:00.79
>>149
「正式な歴史書」を元に、「虚構七割の小説」に反論するのが珍論?
三国時代について論じるなら、むしろ正史を重視するべきなんだが。
演義の影響力はもちろん認めるが、それが誤解の原因になっている事も多いぞ。

この議論の対象になっている正統王朝は「漢朝を継いだもの」という認識でいいのか?
それとも「国として成立し、万民に認められていたもの」か?
その辺りの定義をはっきりしないと水掛け論にしかならんぞ。

前者の場合は、形式上だけでも漢から禅譲を受けた魏が正統。
根拠もなく皇帝を自称した孫権は論外だけど、劉備だって劉姓だけを根拠に漢朝の継承を自称しただけだからな。
後者なら、三国それぞれの国民が「自国こそ正統」といってたんだから、正統王朝は存在しないな。
151 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/18(月) 00:11:34.55
>>150
横から失礼しますね。

正統王朝・・・「漢朝を継いだもの」じゃないかな?やっぱり
曹魏〜晋は形式上の正統
蜀は名目上の正統になるのかねぇ?
今でこそ蜀漢とか呼んでるけど、当時は「漢」と名乗っていたんでしたよね?
152 :1502011/04/18(月) 01:16:06.81
>>151
魏の場合
曹丕配下「曹丕様こそ皇帝の器です! 曹操様の功績を忘れたわけではないでしょうな?」
献帝「う、うむ……やむを得ぬ、か。曹丕よ、政権はお前に託そう」
曹丕「ははっ」

蜀の場合
諸葛亮「劉備殿、献帝陛下が曹丕に殺害されたようです(誤報)」
劉備「なんだと!? 漢朝は滅びたというのか!」
諸葛亮「劉備殿が帝位につき、漢をお継ぎになればよろしいでしょう」
劉備「しかし、それでは私は反逆者に……」
諸葛亮「何をおっしゃいます。献帝が死んだ今、漢は劉姓の王が継ぐべきです。我々があなたを高祖劉邦のごとく漢中王に即位させ、
    上奏文とともに左将軍の印璽まで都に送り返したのは何のためだと思っているのですか」
劉備「……うむ。今日より私は、漢の天子となろう」

呉の場合
孫権「曹丕も劉備も帝位についた。同等の勢力を持つ私が帝位について何が悪い!」


正史を元にしてまとめると、だいたいこんな感じ。
蜀漢(当時は確かに漢と呼ばれています)はあくまで「漢を継いだと称する国」でしかないです。
151は「禅譲(形式)」を行って「漢から政権を譲られた(名目)」のが正統という意見のようですので、
個人の感情的意見はあっても論理上は魏が正統になるのかな。
155 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/18(月) 13:55:23.99
>>150
>この議論の対象になっている正統王朝は「漢朝を継いだもの」と
>いう認識でいいのか?
>それとも「国として成立し、万民に認められていたもの」か?
どっちもそれぞれの意味で正統だ。このスレでどちらかを恣意的に決めた
としても、このスレでの定義でしかない。
156 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/18(月) 13:55:40.63
>>151-2
「天命は姓に下される」という考え方がある。幼帝でも息子が皇帝を継げ
るのはこのため。また、皇帝の近親が絶えても同姓の遠戚から探せば問題
ない、ということにもなる。後漢の皇帝も度々遠い同姓の親戚が継いでい
るし、劉虞が皇帝候補に挙げられた例もある。

また重要なのは王莽から後漢統一までの戦乱期。いろいろな姓の反乱勢力
が立ち上がりながら、主要な勢力は王莽に対するために禅譲したはずの劉
姓を祭り上げ、複数の劉姓が皇帝を名乗り、最終的に劉秀が統一した。

つまり漢皇帝がいったん禅譲しても、あくまでも天命は劉姓に下っている
ままで、王莽の即位は間違いだという主張になっている。

この実例を魏蜀に当てはめることは簡単だろう。劉備も(実際はどうあれ)
同姓の遠戚で、「天命を受けた劉姓」の一員である。
157 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/18(月) 13:55:57.04
>>151氏、>>152氏は禅譲という形式を整えたから魏が正統であると主張す
るが、その形式が誤りだとした前例があるのだ。禅譲が誤り(言うまでも
なく実態として、軍事力を背景にした強制だとみなすことは容易)だとす
れば、魏は正統ではないし、後漢が正統ならそれが続いているだけの季漢
も正統だということになる。

王莽は一代で滅び、また漢王朝が続いたのだから、天命はずっと劉姓に下
っていて一時的に逆臣が簒奪したに過ぎないのだが、後世の史家が「常に
正統王朝は存在していたことにする」というルールのもと歴史を見るから
新王朝も正統ということになっている。

「魏と蜀どちらが正統か」は、「禅譲による正統」と「姓による正統」の
同時並立の結果、勝って次の王朝の母体となった魏の主張が生き残ったと
いうだけのことだ。
皇帝になる形式上の根拠を
A.天命を受けた姓 B.臣民の擁立 C.その他吉兆など
とすれば、劉備だけがABC全てを主張でき、曹氏と孫氏はBCしか主張
できない状況だった。しかし禅譲によって曹氏もA'を得、初めて形式上
劉備と対等の位置に立つことができた。
153 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/18(月) 01:41:04.62
なんか脱線しているようだな
魏と蜀の同盟が成立するか?だよな、元は

だとすれば正統性とか関係なく、成立するはずがない、以上
160 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/18(月) 19:46:50.52
漢だって元は犯罪者出の劉邦が武力で立てた国だしw
劉備なんて末流も末流で、もっと正当に近い血筋は山ほどいたし。
最後は力ですよ、力。
162 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/18(月) 23:25:00.41
>>160
本当に力を持ってる奴はそうならないらしい。
必死で名目を作ろうとする。
168 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 18:36:42.43
>>162
晋以降、禅譲っつー形式さえ無用で異民族含めた武力ガチでの天下取り合いになるわけだが。
161 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/18(月) 20:11:17.69
確かに血筋なら、秦の始皇帝や殷・周の王、はては三皇五帝の子孫が正統ってことになりかねんわなww

劉家の中でも劉虞・劉璋・劉表・劉曄の方が劉備より主流に近かっただろうな。
袁紹は劉虞を皇帝にしようとしてたんだし。
163 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 00:40:13.61
中華の思想には易姓革命ってのが古来からあるんだけどねぇ
禅譲であれ放伐であれ、何より優先されるのは血統より徳って教え
徳の衰えた劉氏に天子の資格なし

天下は一人の天下に非ず、天下は天下の天下なり
即ち、天下は劉氏のものに非ずってこと
166 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 15:36:55.18
>>163
1つのことを知ったらそれだけが真理、他の見方はできないってか?
そんなことじゃ歴史上腐るほどいた「傀儡皇帝を立てる実力者」が全く説明
できないだろ。新と後漢の間に劉姓が何人も皇帝にまつりあげられたこと、
董卓が立てた劉協を反董卓諸侯も受け入れるしかなかったこと他を考えて、
あなたは自分の主張と矛盾してると思わないか?

天命は誰にもわからないんだよ。誰かが新たに王朝を立てたら、その後で
「あぁ、天命が移ったんだ」と納得するしかない。後付けの説明だ。

易姓革命って思想があることを勉強したまではいいけど、そんなの学者が
歴史を振り返って考えた理論だからな。どうやって生まれたか、実際にど
う使われたかまで見ないと。

儒学が周王朝を理想としているのは知っているかな?だけど周王朝も天地
開闢の最初から天下を治めていたわけではない。殷(商)から天下を奪って
いたのだ。
理想政権である周がしたことだから、正しいことだとしなければならない。
だから易姓革命を正しいということにした。
169 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 18:39:15.92
>>166
その時代、自立して王や皇帝を称した(あるいは周囲から称された)連中もまたたくさんいたわけだが。
劉氏が豪族としても地歩を持っていたから、それを目当てに推戴された面が大きいよ。
羊飼いにまで落ちぶれていた旧国の王家血筋引っ張り出した秦末期のほうがまだ……。
171 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:08:21.51
>>163
真っ当過ぎる正論だが大きな間違いもある。
易姓革命の理を貫くのなら、劉氏の名声など吹き飛ばすほどの
力があるものにそれは限られる。
曹魏は結局、力で蜀も呉も潰せなかった。
だから、三国時代以降にも漢王朝復興と劉氏の性は
大義名分としても十分に通用してしまった。
中途半端な者に適応できるほど適当なものじゃないよ、易姓革命の理は。
天下統一を成す絶対者が現われないのなら、それが出てくるまで
前時代の天下を有していたものの王朝と性はどこまでも「正統」となる。

それが分かってるから、蜀が魏と同盟を結ぶメリットなんてなかったんだろうねえ。
反乱の芽が実る可能性がある。という思想すらも力でぶっ潰してこそ戦争屋の徳は実る。
172 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:17:07.69
>>171
曹魏は.蜀を叩き潰したじゃないか。実権は司馬氏に持っていかれていた時期だが。
そして司馬氏に何か劉氏絡みの大義名分や血筋があった?
ないだろう。
174 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:28:02.11
>>172
その時点で既に司馬氏の天下。
だからこそ「漢晋春秋」なんてものまで生まれる。
曹魏も所詮は蜀漢となんら変わらない地方軍閥の一つってこった。
175 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:31:40.32
>>174
何がいいたいのかわからないが。とりあえず劉氏云々っていうのはその時点でもう潰れてたと認めるってこと?
司馬氏の天下っていってるし。
164 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 14:53:28.75
古来「から」ってのやめろ。気持ち悪い。
熟語使うのが無理なら「むかしから」でいいだろ。かっこつけんな。
170 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 18:45:33.57
話戻すと、蜀漢が皇帝を自称した呉と同盟関係を続けた時点で劉氏云々の建前も崩壊しているし。
魏が強大で、かつ蜀が同盟結ぶような旨味を出せなかったから敵対し続けるしかなかったという力関係の話だろう。
まして劉備よりはるかに皇族・宗室としてまっとうな劉ヨウ系とかも魏の天下を認めているんだから。
173 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:19:36.17
いわゆる三国のうち、蜀が同盟維持してその正当性を容認した呉の孫氏なんぞは、
一応孫子の子孫を自称していたが漢代の名族ではなく、劉氏云々とも無縁だった。
でも皇帝になったし。
176 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:34:21.01
劉氏であれば劉備のような末流でも皇帝僭称しておk、という時点でもうむちゃくちゃでございまする。
中国の正史が漢→魏→晋の流れを正当としているし。
結局、実力あっての権威だからな。
179 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:41:52.43
>>176
漢、晋は分かるが、魏は何故?
177 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:37:07.56
大義名分は残ってるってことだろ。
劉淵なんて単に「劉氏」ってだけで漢王朝復興を引っさげ中原に乗り込んできたからな。
劉氏自体が存在そのものまで
歴史の波に呑まれてればそんなものは大義名分にすらならないよ。
178 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:41:06.73
大義名分とかまた言うことが変わってきたw
いきなり出てきた劉淵は別に俺は劉氏だから、と出てきたわけじゃないが。
晋の家臣として入って、その乱れを見て自立。
だから力あっての権威(口実)だろ。
現に劉氏の正統なんて晋の無力な一貴族でしかも争いに巻き込まれて実質断絶だし。
181 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:46:58.12
おかしな話だなぁ。漢の正当性云々をそこまでいうのなら、漢の天下を公に引き継いだ魏の名分も認めないとおかしいのに。
まぁ天下統一したのが司馬氏なんで、その司馬氏への禅譲の系譜が尊重される力の理論は当たり前なんだがね。
182 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:52:51.26
漢晋春秋って、漢は直接晋から禅譲されたんだっていう史実飛び越えの妙な理屈展開していたやつか。
これこそ著者が当時の属していた勢力におもねるための本じゃないか。(自分の説は受け入れられなかった、だから晩年まで身分低いままだとも書き残してるし)
185 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:02:29.95
>>182
その時代は粗末な野火でも、後世では多いに燃え盛って三国演義という
大火を呼び完全に燃やし尽くされてしまった曹魏の正統・・・
186 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:04:13.53
>>185
お前の脳内世界ではそうなっているのか。
現実には魏晋南北朝とされているし、所詮演義は小説なんで曹操がいい風に描かれる創作が出ると流行はまた変わる程度なんだがなw
188 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:05:48.62
>>186
>曹操がいい風に描かれる創作が出ると流行はまた変わる程度なんだがなw

全く変わってないだろw
190 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:07:02.01
>>186
三国時代と呼ぶのが一般的なんじゃないの?
歴史の教科書には三国って書いてあるけど。
183 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 19:56:04.94
そういうものは後世で否定されてるからな。
曹操の悪気あるお茶目など比較にならんほどの悪行を残した
始皇帝や煬帝の漢や隋がそれでも、その時代の絶対的な正統であるのは
他に対抗勢力が居なかったからだよ。
曹魏は力が無かったから、劉氏の威光に縋る劉備にも正統論を許すことになってしまった。
漢の天下を奪い取ろうが、劉備と孫権を打倒して天下統一に漕ぎつかなければなにが皇帝なのよ?となってしまう。
184 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:02:09.74
>>183
別に劉備は許してもらって即位したわけじゃなくて、実力で皇帝を名乗ったわけだが。
中国統一がそこまで絶対条件なら、逆説的に一州切り取りがせいぜいだった劉備なんぞそれこそまったくお話にもならないことになるが。
もう言を左右にせず、感情的に魏が嫌いとか自白したほうがマシじゃね?w
187 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:04:24.14
>>184
中国統一が絶対条件ならってw
分裂期の王朝に正統なんてあったのか?
189 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:06:39.94
>>187
二言目には統一できなかった、とか言ってた奴へのレスなんだが……。
お前自身のレスならダブスタ万歳かw
191 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:08:53.31
話脱線しすぎ。自分の贔屓or嫌いな勢力のためにする論ならそれぞれのファンあるいはアンチ用の隔離スレに帰ってくれw
192 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:13:04.10
そういう話になってくのも無理ないけどな。
曹魏が正統か、否かで孔明が時勢の読めないだけの愚者なのか
報恩の忠義者なのかも変わってくる。
195 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:18:21.54
>>192
蜀の正当性云々は関係ないだろう、そこには。
それこそ中国の諺でいう「跖の狗尭に吠ゆ」だ。
大義云々なら孫家の皇帝即位を容認し得ないが、そんな頑迷さはなかったし。
193 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:15:17.06
蜀は呉の孫家の皇帝位を認めているっていう話が一向に進まないな。
もともと正史において漢・魏・晋の流れが正当とされるのは、皇帝は天命受けているから一人だけという思想が背景にあるゆえなんだが。
この意味では蜀の選択は実力的には仕方なくても名分(?)上は自殺行為なわけだが。
194 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:17:20.52
三人の皇帝が居たから「三国時代」なんじゃないの?
なんで魏だけが別格?
196 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:25:38.80
献帝が殺された、というデマのために即位した劉備って、事実を知ったときどんな思いだったんだろう……。
魏や晋が皇帝の位奪った相手を殺さず貴族として遇したのは後年だと美談として残っているが、やっぱり殺されたに違いないという先入観があったんだろうか。
197 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:29:26.27
>>196
蜀としては誤報がないかぎり即位する口実が出来ないという見方もでいるけどね
あんまり陰謀論は好きじゃないけど漢を正統としつつ皇帝となった曹丕に
対等であろうとすれば献帝を被害者に仕立てるしかないわ
198 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 20:30:18.31
蜀の正当性云々は、劉備が力ある劉氏ってだけで証明されてしまう世情だったよ。
でなければ蜀漢正統論など沸き起こるはずもない。
蜀漢を正統として認めるのではなく、漢代の強大だった一枚岩の国家を思っての
後世の感情からくるものなのではないかな。
それで済んでれば良かったが曹魏の不運はそれを歴史としてもそれを容認するように
推移していってしまったことなのかも。
199 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 21:22:00.16
正当性が一番あるのは禅譲受けた魏がダントツ。
劉備は自称レベルの皇族で微妙だが、まぁ創作の世界でヨイショされているから物語だけを見ている奴には正統性があるんだろう。
だけど呉の孫家は一番理由がない。
それでも蜀は呉皇帝を認めたんだから、そんだけ蜀の立場が弱かったんだろうな。
もともと大義名分論がうるさく言われたのは宋代で、これも「現実に異民族に圧迫されている」ということへの憂さ晴らしの面があったし。
(さらに史実を見れば、その異民族相手に違約や背信を宋が繰り返した結果なんだがw)
200 :無名武将@お腹せっぷく2011/04/19(火) 21:25:05.31
だからコピペ繰り返しはいい。
その劉氏が異姓の皇帝の並立を認めたのはどう説明するんだ?
なぜか逃げ続けているな。
同盟論ともかかわる肝なのに。


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