2011年10月25日

三国志後期〜西晋を語るスレ

1 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 13:29:16
諸葛亮死後〜八王の乱あたりまで


2 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 13:50:25
3 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 14:29:06
>>2
三国無双ってゲームじゃん
4 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 15:21:47
>>3
そのスレの内容を一度読んでみればいいと思うな。
5 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 15:49:43
>>2
そこキモコテが仕切ってるから
9 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 16:08:53
jominianとかいう奴は自分が立てたスレに他人が居座ると怒り狂うタイプだな
15 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 16:21:49
潜伏じゃない。
お前達みたいなのがいるから考察スレが廃れるんだよ。
16 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 16:22:27
>>15
だから意地張らずに中英に行けというのに
20 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 16:42:20
三戦歴4年の古参。
現役の中では三国志知識が飛び抜けて豊富。
24 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 21:55:16
こりゃ三戦板も寂れてレベルが下がるわけだわ

コテ叩きしか能のない子供が大きな顔してんだから
26 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/24(土) 21:58:28
>>24
そんなの数年前から変わらないよ
いつもの光景じゃん
25 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2008/05/24(土) 21:58:11
どこの板でもある光景だから気にせんでも。

本筋はまだかね。
28 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/25(日) 12:49:18
わかんないから尋ねてるのに
「そんなこともわかんねーの?」「高度すぎたかねえ」「スレ汚すなカス」
と取り巻き連中に返される考察スレなんて参加できないよ。
29 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/25(日) 12:53:46
ある程度調べてから聞けよ。
2chの常識だろ。
33 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/27(火) 13:39:58
>>29
ごめん、言葉足らずだったね。
もちろん調べずに尋ねたんじゃないよ。
彼の見解がどうしても納得できなかったから尋ねたんだよ。
そしたら本人でなく、他のナナシさんたちに罵倒されたってワケ。
34 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/27(火) 14:59:34
>>33
最近の議論スレはそこまで質問者を叩く風潮じゃないと思うよ
よほど素っ頓狂なことでも言わない限り、それなりの回答を貰えるはず
35 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/27(火) 15:44:07
>>34
うん、そうみたいだね。
でもやっぱり参加するのは怖いからROMるだけにしてるw
30 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/26(月) 22:36:54
昔あそこで蛆虫呼ばわりされたさ…。
31 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/26(月) 22:39:06
>>30
kwsk
32 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/26(月) 22:57:48
昔ってほど前でもないな。
180日ルールでスレがそろそろ落ちそうって時にageちまってな…。
名無しに蛆虫って、罵倒されてスレの最後のほうが荒れたんだ。

しかし、1は何か話題振っていけよ…。
36 :12008/05/28(水) 12:29:05
>>32
いや、なんかこの流れ萎えたからもういいわ
意味がわからんし
41 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/28(水) 22:38:59
>>36
気が向いたら話振ってくれよー。
語る場所を自分で潰してしまうのも悲しいじゃないか…。
37 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/28(水) 13:27:23
まあ萎えるよな、三戦板復活しつつあると思えばまだこんなのもいるし。
もうちょっとかかるんかな
39 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/28(水) 15:09:39
自論と違う相手を叩きのめすことが考察スレだと思っているヤツがいる間は無理だな。
すぐ荒らすし。
40 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/28(水) 15:44:44
三国志の方はまだマシだよ
酷いのは戦国系
ゲーム板の方のヤツなんか不毛でどうしようもない
42 :無名武将@お腹せっぷく2008/05/30(金) 18:47:42
いや、少なくとも後期スレはこの板じゃ唯一と言っていい考察スレだから。
どう見たってそうだろ。アンチですら結局人格批判しかしてないのもいい証拠。
44 :無名武将@お腹せっぷく2008/09/15(月) 21:34:11
諸葛亮の子孫って蜀滅亡後どうなったんだろう?
54 :無名武将@お腹せっぷく2008/10/23(木) 03:24:55
>>44
去年辺りNHKで子孫の家庭を写してたよ 
中国だけに大家族で笑ったw
56 :無名武将@お腹せっぷく2008/10/23(木) 12:51:00
>>54
向こうからすれば少子化の日本がおかしく見えるだろう
57 :無名武将@お腹せっぷく2008/10/23(木) 13:17:22
>>56
ふむ。すると大和民族(笑)は現在、自然淘汰の最中、ということになるのか
48 :無名武将@お腹せっぷく2008/10/13(月) 12:50:54
その時20歳そこそこだろ?
親父さんが生きていれば早めの引き立てもあっただろうが、
普通に考えると自分磨きに精を出していたんじゃなかろうか。
結果的には晋代になってから頭角を現して良かったと思うよ。
呉滅亡時のゴタゴタで若い才人が死ぬのは損失だ。
52 :無名武将@お腹せっぷく2008/10/22(水) 23:58:37
孫堅は琅邪王氏の王叡を殺したのに
その百数十年後にその地で琅邪王氏が栄えるとは
60 :無名武将@お腹せっぷく2008/10/23(木) 20:44:47
底辺が強固でなければ、また頂上も強固足り得ない。
砂上の楼閣に住まう愚を犯さないことだ。
しかし腐敗は必ず頂上から、という人間社会の真理がある。
なんつってな
61 :無名武将@お腹せっぷく2008/10/25(土) 11:23:08
成都王司馬穎が生きてるのに
成蜀誕生とは何たる手抜き
67 :無名武将@お腹せっぷく2008/11/09(日) 20:25:04
司馬にはロクなもんが居なかったのかね
西晋終わりには一族ほぼ壊滅状態だな
68 :無名武将@お腹せっぷく2008/11/10(月) 00:37:04
成都王は割と優秀な風だったみたいだが

なにせ八王の乱は敗者だからな
割り増しで悪く書かれてる可能性は大いにある
69 :無名武将@お腹せっぷく2008/11/11(火) 20:37:01
司馬氏の優秀な人物のランキングきぼん
71 :無名武将@お腹せっぷく2008/11/17(月) 12:11:04
>>69
ランク付けは難しいよ
列挙するのは可能だろうけど
72 :無名武将@お腹せっぷく2008/11/17(月) 23:10:00
列挙きぼん
75 :無名武将@お腹せっぷく2008/11/21(金) 23:31:39
78 :サイズはA4でえーよん2008/12/01(月) 20:50:17
週刊・陳泰〜
でん・でん・田続まめ、ウマイまめ!
あなたのオフィスにたのめ〜る・オオツカ鍾会
83 :無名武将@お腹せっぷく2008/12/07(日) 00:09:24
司馬懿一族がないのはわかるが
司馬穣苴がいないとは…

司馬江漢は日本人だろ
88 :無名武将@お腹せっぷく2008/12/17(水) 10:17:38
wikipediaでなんだが、司馬姓の由来。
ttp://zh.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E9%A9%AC%E5%A7%93
>周宣王時,重黎之後程伯休父,官至司馬,掌國家軍隊,佐政輔國,權勢重大,程伯休父克平許方,立下大功,周王室允許他以官職為姓,其後遂成司馬氏。
89 :無名武将@お腹せっぷく2008/12/17(水) 10:33:34
わかるようなわからんようなだから
簡単に訳してはくれまいか。
90 :無名武将@お腹せっぷく2008/12/17(水) 10:58:57
コレで判らないとか、アホだろ
レ点や上下点が無くても、漢字の意味と読もうとする心構えさえあれば
田中芳樹レベルでも大体意味はわかるんだぜ?
義務教育からやりなおしてこいよ。漢文習ったろ?
93 :無名武将@お腹せっぷく2008/12/18(木) 05:03:53
ヨッシーだって多少は勉強しているだろ
ただ間違いや勘違いや見落としが多いだけで
94 :無名武将@お腹せっぷく2008/12/18(木) 17:42:51
ヨッシーは孫引きとかあんましない姿勢だけは評価できる
っていうかあの人は原本だけしか読んでないから逆に狭い視野になってるだけで
他人の孫引きで理論構築してる奴よりは幾分かマシだと思うな
岳飛伝の原本探しに北京まで出掛ける姿勢と根性は見習うべきだな
95 : ◆8Dxo02Kui. 2008/12/18(木) 22:42:59
周の宣王の時代に程伯休(か程伯休父)という人物が司馬(官職)につく。
その人物は軍隊を掌握し国家を掌握し政を輔弼して権勢を振るった(大いに繁栄した)
(『程伯休父克平許方』の部分がわかりませんが)
大きな功績をあげて周王室から司馬姓を名乗る事を許された。
それ以後司馬を苗字としている。

って事ですかね。
私は漢文に詳しくは無いのでわかりませんが、
『程伯休父克平許方』は『許という国が反乱を起こして程伯休父が平定した』
って事でしょうかね。
確か、方は古代中国における国ないしは勢力の呼び名だったと思いますし、許という
国もあったはずですから、後ろに付く文章と考えますとそんな感じではないでしょうか。
98 :無名武将@お腹せっぷく2008/12/26(金) 12:16:19
司徒詡、司空頲。
三国時代じゃないけど
99 :無名武将@お腹せっぷく2008/12/26(金) 22:50:44
>>98
アリガ?。
103 :無名武将@お腹せっぷく2009/02/03(火) 21:19:49
西晋時代は司馬は司馬家の人間が司ってた?
104 :無名武将@お腹せっぷく2009/02/12(木) 22:53:13
>>103
早口言葉?
106 :無名武将@お腹せっぷく2009/02/28(土) 12:48:03
猜疑心と腹芸ばっかで馬鹿のフリでもしないとやってけなかったとか
108 :無名武将@お腹せっぷく2009/03/11(水) 23:36:32
「わが王朝が転覆し、呉は唇と歯のような密接な関係なのに、わが国の危難に同情することもなく、利を求めている。わしはどうして降虜になどなれようか!」
羅憲さんカッコ良過ぎ
まあいくら呉がセコいだけの悪党と言えども圧倒的な戦力差の前には踏みつぶされるのが歴史のリアリズムだが
それをひっくり返したのが三国志通の心を掴んでるんだろうね
110 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/12(日) 09:01:10
スターター
 曹操、孫策

リリーフ
 周ユ、呂蒙、陸遜

クローザー
 満寵、カク昭、羅憲
113 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/19(日) 08:59:06
そうか?蜀でも珍しい名将の1人だと思うぞ羅憲は。
114 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/19(日) 12:52:02
>>113
そうかなぁ・・・。どうもひっかかるんだよなぁ。
117 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/19(日) 17:36:48
>>114
彼の活躍を伝える書を書いたのは羅氏の姻族だからな
親戚補正がバリバリだった可能性は否定できない
116 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/19(日) 14:53:11
1 敵は本気で蜀を取りに来てる歩協、陸抗
2 祖国が滅亡して四川は?艾、ショウ会、姜維の三人で大混乱
3 疫病発生の上、半年間孤立無援

2でモチベーションを維持したのがすごいし、3の状況でも諦めないのが非凡
マイナーだったり夭折したりしたのは過大評価されがちだが
どう見ても凄い仕事だが
118 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/20(月) 07:48:29
書いた側の問題として、
習鑿歯は羅氏の姻戚で同じ襄陽出身。で、羅憲のことを地域の史書「襄陽記」で書いている。
まあつまり、華キョウの譜叙や趙雲等の別伝各種などと同じくらいの信頼性ということ。
それらが一概に信用できないわけではないが、他の史料との照合は欠かせない。
この場合は呉書との矛盾点が多い。

読む側の問題としては、羅憲は別に戦闘において蜀漢に貢献したわけではない。
将としてはの功績は魏晋の人物である。そこを歪めてはいけないよな。
120 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/22(水) 11:44:40
>>118
ま、最終的にそういう集約のされ方をするけど
陳寿とか推挙してるじゃん
所詮、外様の降将だよ
121 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/22(水) 18:18:13
羅憲厨がうざすぎる
あんなの知力59、武力63くらいでしかない
123 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/22(水) 23:29:06
巴東防衛の下りは襄陽記からの取材と思われる。細かい表現以外はそっくり同じ。
125 :無名武将@お腹せっぷく2009/04/30(木) 08:02:15
呉彦は310年頃死んだようだが
もしかして異民族に殺された?
128 :無名武将@お腹せっぷく2009/05/02(土) 14:39:05
羅憲て一見凄いことしてるけど
蜀やばくなったら呉にあげるし、呉がやばくなったら蜀を呉にやるし
っていう盟約がっつり止めてしまってるような気がするんだが
いや好きなんだけどさ羅憲
130 :無名武将@お腹せっぷく2009/05/02(土) 15:07:55
>>128
分天下文はそういう意味じゃない
129 :無名武将@お腹せっぷく2009/05/02(土) 14:45:53
荊州の先祖の墓を荒らしたこそ泥に誰がやるかバーカって感じじゃないの?
131 :無名武将@お腹せっぷく2009/05/24(日) 09:34:51
ちょっと前は施績が蜀に兵力増強を頼んだり蜀が応じたりで呉蜀は密月っぽかったのにな…
133 :無名武将@お腹せっぷく2009/05/24(日) 11:56:31
>>131
ちょっと前どころか、蜀が攻められている間にも
呉はちゃんと荊州に牽制の軍を出している。
江州攻撃は蜀が滅んだ後だから、本来羅憲にも大口を叩く権利はない。
132 :無名武将@お腹せっぷく2009/05/24(日) 11:36:26
中華情勢は複雑怪奇なり

って言うのは嘘で、?芝先生が言ってるように同盟なんてドライなものだよ
昨日の味方は今日の敵
天に二日なく土に二王なしを地で行くんだよ
135 :無名武将@お腹せっぷく2009/06/09(火) 16:16:18
呉の呂興の反乱はそれより前

蜀の滅亡はいろいろな不幸と偶然、人災が重なった事件だけど
その隠れた原因の一つかな
137 :無名武将@お腹せっぷく2009/06/16(火) 23:36:36
そういや呂壱って族滅ではないよな
144 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/10(土) 11:46:41
>>137
呂壱に家族が居なかったと妄想
146 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/16(金) 20:48:10
ここならわかるかな?

呉征服の時、一般的にはドヨが総司令官とか言われてるよね
でも大元帥はカジュウが務めてて、ドヨは6路の遠征軍の一路を指揮しただけに見えるんだけど
何でドヨが総司令官扱いなの?
147 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/16(金) 21:27:02
演義では杜預が大都督になっているから。
各小説や設定本はそれを受けているのだろう。

なぜ杜預かというと、色々考えられる。
実際に侵攻した諸将の中では、諸大将軍級と確かに最も位が高いこと、
蜀漢滅亡後の逸話の中では羊コと陸抗の美談に分量が割かれていて
杜預は羊コから都督荊州諸軍事と共に討呉の遺志を継いだとされること、
賈充は役柄上、遠征軍の総司令官とするには不似合いだっただろうこと、
など。
要するにストーリーの都合だろう。
149 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/16(金) 21:41:28
>>147
なるほど、納得できたよ。ありがとう。
148 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/16(金) 21:40:42
日本の関ヶ原の西軍みたいな感じ?
150 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/17(土) 12:40:34
>>148
という事は、杜預は石田三成か?
151 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/17(土) 12:49:19
蜀攻めで司馬昭が総指揮官だけど気にされないのと同じようなもの

というか、賈充は実際のところ遠征中止要請ぐらいしかしてないしね
152 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/17(土) 15:06:37
いちおう開戦当初は襄陽で全軍を統轄し、江陵が陥落して長江中流域の制圧のめどがついた時点で、呉の首都である建業により近い項に移り、継続して全軍を統轄してる

ここまではまだ波風も立ってないが、武昌が陥落するとこれから夏を迎えて
疫病が起こるからと、全軍の撤退と主戦派である張華の処刑を上奏し、
ここで生まれた故事が、これに反対する杜預の「破竹の勢い」になると

様するに初めから開戦に反対なんで、特には何もしてないな
兵站と情報収集が主なのだろう
155 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/17(土) 17:42:37
>>152
二州に跨る戦線の統括と兵站で何もしてないとは何ごと
156 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/17(土) 18:30:08
>>155
たしかに
自分でも酷いもの言いだと反省する
157 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/17(土) 22:36:56
>>156
そうでもないだろ
元々、反対派だから、勝ってもうれしくない
杜預や張華が昇進して、勢力が拡大するのも困る
罰せられない程度にやっていただけで、だから、勝ち目があっても、撤退しようとした
邪魔な張華の処分もできたらいいなと思っていたはず
サボタージュが見られないのは、それはさすがに罰せられるから行わなかったのか、
それぐらいには真面目に働いたのか、勝ったから誰も上申しなかったのか

次に、撃破できる確実な形勢にして初めて賛成し、自分の手柄にするつもりだったろ
158 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/17(土) 23:29:54
>>157
賈充が武帝の横でしつこく中止を進言してるだけの文吏だったらそれは当たりだっただろうが、
実際には殆ど当て嵌まらないな。賈充が張華と対立派閥だったことくらいか。

実際には賈充は、平呉の功績で増封を受けている。この論功行賞で
宮廷権力に食い込み得るような大昇進をしたのは孫晧を直接降した王濬くらい
(本人は宮廷闘争を避けたが)。
杜預は爵位を進めたが結局官位は数年変わらず、荊州に留まった。

賈充は晋建国の元勲であり、この時既に太尉の大重臣。飾りではない実権付き。
方任の杜預らとは一段以上の格差がある。
この優位は杜預らの思惑が達成された呉討伐の結果でも揺らいでいない。
揺るがないだけの職責をこのあらかじめ確保していた。
後で自分の手柄に、なんてのは道理に合わない。
162 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/18(日) 09:48:43
>>157
呉はいつでも滅ぼせる状態で、後は「誰に箔をつけさせるか」という点だけが問題だった。
賈充は娘を司馬衷に嫁がせて予防線を張っているとはいえ、呉征伐の大功は司馬攸のものとすべしと考えていた。
だが司馬炎は司馬攸を疎ましく思っていたため、司馬攸にだけは手柄をたてさせたくなかった。
だから姻戚関係にある賈充を総司令官とすることで、司馬衷の皇太子としての立場を不動なものにしようとした。
もし賈充が総司令官を拒否するのであれば、司馬炎みずからが親征すると言いだしたのも同じ理由である。
中央の政治状況を知らない杜預や王濬は現場レベルでまっとうな意見を述べたわけだけれども、
結果的には、司馬攸が2代目皇帝となる芽を摘み取ったのである。つまり西晋が滅んだのは杜預や王濬のせい。


164 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/18(日) 20:10:03
>>162-163

結局政治の問題ってことなんかな
足の引っ張り合いというか。
司馬攸が憤死したのも酷いけど司馬イツが追い詰められて殺された方が痛い気がするわ
165 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/19(月) 01:14:55
>>164
別に権力闘争自体が悪いことではない、最悪だったのは権力者たちが権勢を握った後
「権勢を握る前に人気取りのために様々な甘言を弄して文民から支持を取り付けながら」、
それらを全く反故にして、自らの栄達にのめりこむ事を繰り返した点だろう。

実は、最近まで八王の乱を理解できなかったんだが、今回の衆院選でやっと理解できた。
多分、南米でクーデターが繰り返されている国の人間たちにも理解できるだろう。
一体何なんだ、この政治腐敗と閉塞感は。
人間は有史以来の数千年間、全く進歩してきてねえんだなあ。
154 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/17(土) 16:26:20
賈充は慎重なのか臆病なのか
杜預は無謀なのか冷静なのか
159 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/17(土) 23:49:47
>実際には賈充は、平呉の功績で増封を受けている。

それはそうだろ。司令なんだから
勝っても負けても自分の功績になるように工作した結果だろうし

>この優位は杜預らの思惑が達成された呉討伐の結果でも揺らいでいない。
>揺るがないだけの職責をこのあらかじめ確保していた。
それは武帝の方針、もしくは賈充の政治工作の結果だろ
それなら、成功させても問題ないはず。孫晧の呉が相手なら勝ち目は高いのは誰でも分かる
より、確実に揺るがない方法を賈充は取りたかったが失敗したので、
政治工作で勝利をあげることにしたという見方にとるね
160 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/18(日) 00:49:04
>孫晧の呉が相手なら勝ち目は高いのは誰でも分かる
事後の視点からはそうだけどね。
討呉の案は羊コの時代からあったが、当時の洛陽の意見はそんなに明瞭ではなかった。
だから禅譲後15年も大攻勢を引き伸ばした。279年も群臣の反対を押し切ったものだった。
賈充はその長年の慎重派の一派であると考えられ、攻撃が始まっても前言に固執したと見たほうがいいだろう。
誅殺するしないという深刻さの張華との対立なんてのはそれに比べれば後から出てきた要素だよ。
161 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/18(日) 07:57:11
どちらかというと司馬炎が賈充の面子を潰したくなくて
総大将に仕立て上げた感じがする
163 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/18(日) 13:02:21
>>161
多分、それが正解だと思う。

張華は対立「派閥」というほど、権門ではないんだよな。
むしろ、能吏だが権勢はかなり弱い。
だからこそ、後年賈皇后が政治を丸投げしたわけで。
169 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/19(月) 22:04:36
>>168
司馬炎はどちらかね
サボタージュする可能性のある賈充を司令にするあたり、是が非でも天下統一を狙っていたわけでもないかも
とりあえず、勝利をあげて、景気づけのセレモニーにするだけだったかもしれん
呉がいてくれた方が対外に目を向けられるし
>>163
でも、わざわざ張華を処刑すべし、と言って、却下と討伐成功により、司馬炎の前で恥をかかされる必要性はないんだよね
それは後世から見た視点で、当時の皇帝権力が相当なものだから
万が一 司馬炎+張華 対 賈充 になるのを未然に防ごうと思っていたんじゃないの?
166 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/19(月) 01:33:34
短絡過ぎる
自分が信じる「現代の腐敗」を勝手に歴史上の出来事に投影してるだけ
167 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/19(月) 02:38:42
八王の乱はむしろ寒門の行き過ぎた向上心が引き起こしたもんだろ
上の信用とは全く別の話
168 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/19(月) 11:52:15
積極的:司馬炎、張華、杜預
消極的:賈充

ということ?
170 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/19(月) 22:13:12
セレモニーなら今までと同じく一方面だけ侵攻しておけばいい。
兵戸総動員二十余万というのは本気でないとありえない。
本気の大動員だからこそ、「失敗の責任を張華に取らせる」という話が出てくるわけで。
171 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/24(土) 13:42:47
兵戸総動員二十余万で陥落する呉は
兵戸総動員六十余万で陥落した楚よりも劣るのだろうか?
172 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/24(土) 18:40:34
三国時代の戸口人口は下手すると漢初の半分以下だからね
敵も見方も半分以下
173 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/25(日) 10:23:21
とはいっても、それだけ人が減ったわけでは無く、国家の戸籍把握能力が低下しただけ。
174 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/25(日) 10:28:08
楚は斜陽でも中国全体では上り調子
魏晋南北朝は下り坂の時代
177 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/25(日) 16:43:00
>>174
それには同意しかねる
仏教が飛躍的に波及しただけでも大分違うと思うが
178 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/25(日) 16:59:25
>>177
国力上の話じゃろ
ゆえに華北を異民族から守りきれず、南朝が成立することになった
175 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/25(日) 16:21:43
王翦に滅ぼされた時期の楚は最盛期の半分以下ではあったが、それでも
60万の戦力を必要とするほどではあったものな
176 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/25(日) 16:28:24
六国相手にガリガリ領土削ってた白起ってどんだけ化物だったんだろうな
180 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/25(日) 19:52:13
>>176
史記よりも戦国策を読むとよりわかるが、白起が六国との戦いで率いていた
戦力って、諸城邑の攻略はともかくとしても、規模の大きな会戦では
相手よりも劣る場合が珍しくない感じ
179 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/25(日) 18:39:20
仏教の波及はあの時代が末世そのものだったからだと思うぜ
世界的に寒冷化で悲惨なことになってたし
181 :無名武将@お腹せっぷく2009/10/25(日) 22:44:07
国力の衰退は戦争が長引けば必ず起こる事だから仕方ない
胡の流入によって華北、江南共に大きく発展したから中国全体で考えればプラス
漢民族にとっては宜しくない事かもしれんがね
182 :無名武将@お腹せっぷく2009/11/07(土) 17:46:44
もっと後の時代の話で申し訳ないが、蘇峻の乱の時は裸祭だったのだろうか?
188 :無名武将@お腹せっぷく2010/01/09(土) 01:31:42
ずっと裸なら季節によっては風邪をひくと思われ
191 :無名武将@お腹せっぷく2010/02/17(水) 20:04:51
>>188
今の季節の南京上海辺りは6℃とかで寒いぞ
199 :無名武将@お腹せっぷく2010/05/27(木) 07:59:54
賈充の娘の肝いりで政権の首班となった結果、恨みを買って
賈充の外孫の起こしたクーデターのとばっちりで殺されているけどな


vip_2ch_news at 21:11│Comments(0)TrackBack(0)三国志・戦国 

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