2011年01月22日

【文禄慶長】 秀吉の朝鮮征伐スレ5 【壬辰倭乱】

1 :人間七七四年2010/02/09(火) 20:30:21 ID:cwomVP75
秀吉の朝鮮征伐を語るスレ

前スレ
【文禄慶長】 秀吉の朝鮮征伐スレ5 【壬辰倭乱】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1195992731/


関連スレ
【文禄】 秀吉の朝鮮征伐 【慶長】パート3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1263998705/
世界史に於ける秀吉の朝鮮征伐の考察その8
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1243771115/
秀吉の朝鮮征伐を明の観点からの考察
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1204276024/l50
秀吉による朝鮮征伐の軍事分析Part?
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1257912644/
秀吉による朝鮮征伐に関する考察
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/war/1220349972/


2 :人間七七四年2010/02/09(火) 21:18:09 ID:Xtao4cBL
一番乗り、加藤主計守清正!
3 :人間七七四年2010/02/10(水) 05:55:16 ID:fKEf6WZi
>>2
主計「頭」な。
5 :人間七七四年2010/02/10(水) 18:23:59 ID:jRJM68kG
【テンプレ1】
「宣祖修正実録」
「天兵(明兵)短剣騎馬にして火器なく、道険しく、泥深くして馳テイする能はず。
賊(日本軍)長刀を奮ひて左右に突闘し鋭鋒敵なし。」

「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。

「明史」
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
我が国とその属国(朝鮮)に勝算は無かったが、関白(豊臣秀吉)の死によって戦争は終わった

【テンプレ2】
日本軍と明軍の主要な戦闘

1.祖承訓率いる明軍先鋒隊五千騎が平壌城を急襲   
  →小西行長の配下一万によって撃退される

2.李如松率いる明軍四万三千余が平壌を総攻撃  
  →小西行長とその配下一万五千はたまらず敗走、明軍は平壌城を奪還 
  
3.李如松は平壌城を落とした勢いに乗じてさらに南下。体勢を立て直した日本軍四万一千は漢城近郊で明軍二万と激突   
  →日本軍が数に劣る明軍を大破(碧蹄館の戦い)。

4.晋州城攻防戦(第二次)において、
明将劉テイ指揮下四万が普州城の救援に向かったとの
報を受け、立花宗茂と小早川秀包は兵四千を率いこれを迎撃   
  →日本軍が撃退に成功

5.明・朝鮮連合軍が守る黄石山城を日本軍が襲撃   
  →陥落

6.明・朝鮮連合軍が守る南原城を日本軍が襲撃   
  →陥落

7.稷山で解生率いる明軍先遣隊八千と黒田長政率いる五千の部隊が遭遇戦   
→一進一退の攻防の末、明軍は戦意を喪失。日本側に援軍が現れたのを機に撤退

8.楊鎬、麻貴率いる明軍四万四千と、朝鮮軍一万二千の連合軍が完成前の蔚山城を急襲(蔚山城の戦い)   
→加藤清正を指揮官とする篭城側一万が防戦、
その後日本軍一万二千が駆けつけ連合軍を大破
日本軍は敗走する連合軍を30里に渡って激しく追撃し、壊滅的な打撃を与えた

9.麻貴率いる明軍二万四千、 金応瑞率いる朝鮮軍五千五百の連合軍が再び蔚山城を襲撃(第二次蔚山城の戦い)    
→日本軍は防戦に徹し、これを退ける

10.董一元率いる明・朝鮮連合軍およそ三万七千(諸説あり)が泗川城を襲撃(泗川の戦い)
→島津義弘配下七千が城外へ打って出て連合軍壊滅(すげえ)

11.劉テイ率いる明軍二万二千、権慄率いる朝鮮軍六千、
陳リン率いる明水軍二万、李舜臣率いる朝鮮水軍七千からなる連合軍が順天城を襲撃(順天城の戦い)
→小西行長配下一万三千が防戦し、これを撃退

12.明・朝鮮連合水軍五百隻が島津水軍五百隻と激突(露梁海戦)
→双方に甚大な被害。しかし島津水軍は小西行長らを撤退させるという作戦目標を達成し、連合軍は明水軍副将の?子龍、朝鮮水軍大将の李舜臣が戦死した
9 :人間七七四年2010/02/11(木) 20:12:42 ID:dPqnQ5R/
後先短いのに急いで出兵したからこんな結果になっちゃうんだよ
内治優先で50年後に秀頼の息子を総大将として、出兵してたら少しは違う結果になったんじゃないかと
10 :魔王2010/02/11(木) 21:22:50 ID:Nu+lgJLA
まぁ明も朝鮮も雑魚だったからな
戦いは連戦連勝じゃった
13 :人間七七四年2010/02/14(日) 02:15:31 ID:zzpJCICg
あっちの教科書じゃ、日本の連戦連敗ってことになってるしな
連戦連敗の日本軍に国土が奥深くまで蹂躙されたというカオスな内容になってる
14 :人間七七四年2010/02/14(日) 14:29:57 ID:O1rGDxUC
てか、この朝鮮出兵が無かったら
「サムライなんて実際は弱かったニダ」
って煽りで溢れてたんだろうなw

15 :人間七七四年2010/02/14(日) 21:52:03 ID:pZ5fymGg
日本の教科書でも朝鮮の義兵によって侵略者である秀吉軍は苦戦し秀吉の死で撤退したとあるからな。
日本側の教科書でこの記述なんだから実質日本の、戦国時代のオールスターの負けということになるね
16 :人間七七四年2010/02/16(火) 11:40:04 ID:CA5jq2tu
泗川の戦いの明軍の実数はどれくらいなんでしょうか?
島津隊は6000〜7000で確定してるみたいなんだけど、明軍は2万人説〜20万人説まで幅広い。
どっかのサイトで見た、総勢10万+αを3つに分けて3方同時攻撃したから、泗川方面に来たのは3万〜4万ってのが正しいような気がするんだけど、ある小説では明軍は兵力の分散は避けて泗川方面に一挙に殺到したとなってます。
どっちが正しいんでしょうか?
18 :人間七七四年2010/02/16(火) 11:52:30 ID:CA5jq2tu
あと明軍の損害だけど島津報告では4万、明軍報告では8万となってる。
動員数より多い損害数を報告するのはおかしいので、明側の兵力は20万は多すぎるとしてもやっぱり10万人位いたんだろうか?
20 :人間七七四年2010/02/16(火) 15:26:13 ID:r23S6Pcc
敵が強すぎただけで、司令官が無能だったわけじゃないって報告されるから?
「いやぁ、馬鹿と気違いには勝てないっすよぉ」
みたいな
それとも、給料のピンハネとか食糧の横流しがバレないように
「規定の人数を動員したけど死んじゃったって報告しようぜ」
って感じ?
22 :人間七七四年2010/02/16(火) 22:00:22 ID:FArU1Rha
20万人が殺到したとしても、実際に戦闘に参加できるのは数万だろうしな。
味方が前にぎゅうぎゅうなのに、攻めようが無い
24 :人間七七四年2010/02/17(水) 08:05:20 ID:7lX2d6OQ
いい話スレか悪い話スレであったけど、「こんな大軍、後にも先にも見た事なかったなー」とかあったから、その後の関が原あたりの一方の動員数より多かったんじゃないとも思われるが実際はどーだろうね。
25 :月孔雀2010/02/17(水) 08:16:09 ID:JIKGRD1m
中国は、山賊国家。
島津は、海賊国家。

こういう奴らのやること、信じられませんね。
27 :人間七七四年2010/02/17(水) 12:41:35 ID:rM+/yhr2
中国の教科書の日清戦争の黄海海戦の記述が
中国の勝利みたいに書いてあったのを思い出した。
28 :人間七七四年2010/02/17(水) 19:27:45 ID:iX3ZtK/z
騒乱状態の明と日本の朝鮮半島での出来事なんてよくわからんからな
29 :!sengoku2010/02/18(木) 16:44:32 ID:Gn3OZzcs
島津深追いして英雄李舜臣がぬっころされたからって嘆くなよ
亀甲船が本当にあったらよかったな
30 :人間七七四年2010/02/18(木) 21:34:05 ID:LpkzCO27
しかし李舜臣が英雄でなければ戦国時代ヲタも困るという罠が待ち構えてるw
○○を討ち取ったで!という戦果が欲しいからね
33 :人間七七四年2010/02/19(金) 08:36:56 ID:XcnWVZ2D
朝鮮や中国のザコと戦って勝ったなんて自慢にすらならん。
薩摩隼人蛮族の島津の誇張癖も大陸ゆずり。
34 :人間七七四年2010/02/22(月) 02:54:36 ID:I5rcGCo1
文禄の役の和睦交渉時
秀吉は途中で7箇条の要求を取り下げて和睦条件を
明との貿易再会と朝鮮からの人質要求に切り替えたってホント?
35 :人間七七四年2010/02/22(月) 22:36:25 ID:vuXb7wKw
交渉担当者がその線で話を進めようとした
36 :人間七七四年2010/02/24(水) 13:46:13 ID:qB0jWvrq
宗氏馬鹿なの死ぬの?
だよなぁ・・・学習能力無いのかしら
37 :人間七七四年2010/02/24(水) 20:58:44 ID:YjBs1jDB
いまだに明がザコだったと思ってる人っているんだな・・・

>>30
明軍の副総兵を2人、参将を3人討ち取ってるから無問題
38 :人間七七四年2010/02/25(木) 04:23:34 ID:thfTcP6l
>>35
なんか秀吉が状況を鑑みて1595年の5月22日に和睦条件を改めて出したと
書いてるとこがあったんだけど詳しい事知りませんかね?

あとこの交渉って小西や宗が嘘ばかりついて進めていた様ですけど
秀吉は交渉中はどの程度真実を報告されていたんでしょう?
39 :人間七七四年2010/02/25(木) 16:02:22 ID:Jhg5t4fP
>>37
兵力数で劣るあまりやる気の無い侵攻軍すら抑えられないのは十分雑魚だと思う。
40 :人間七七四年2010/02/25(木) 22:41:10 ID:pi6ntiWP
>>37
兵力数では日本軍の方がずっと多いけどね。
日本は文禄の役で15万8千、慶長の役では14万8千くらい。
明の兵力は文禄の役に5万、慶長の役に8万から10万くらい。
配下の朝鮮軍を含めたとしても、兵力は大差ない

あと、文禄で日本軍と戦った遼東方面軍は女真、モンゴル相手に連戦連勝
向かうところ敵なしと恐れられた精鋭軍団。

「馬の大きさはけしからず候。男もけしからず候。
上衆もけしからずおぢ被入候也。 日本にても、かほどの働は、
稀成よし、其沙汰候。何も武辺つよき唐人かと、上衆 も手ををかれ候也。」
『吉見家朝鮮陣日記』
41 :人間七七四年2010/02/26(金) 07:33:19 ID:Hzj1SRm/
連戦連勝なら何で女真が独立してんだよw
43 :人間七七四年2010/02/26(金) 09:25:08 ID:vfRcntag
その明軍の数のソースはどこから?
まあ日本軍も半数は前線に出て戦わない人足連中だしな。
44 :人間七七四年2010/02/26(金) 18:01:22 ID:YwQ0A1Bh
>>40
その李家軍に勝った、小早川と立花は
もっと有名になってもいい筈なんだがなw
45 :人間七七四年2010/02/27(土) 00:13:51 ID:XNQBs8q/
>>41
連戦連勝したのはヌルハチが女真族を結束させる前の話。
女真が勝てたのは、半島への出兵を含む「万暦の三征」で明が疲弊してたからだろ。

>>40
もっと有名になるべきだと思うし、なってほしいよw
加藤清正、立花宗茂、島津義弘あたりは半島で物凄い活躍してるのに
不当に評価が低い。理由は大暴れした相手が特定アジアだから。
あまりにも不憫・・・
46 :人間七七四年2010/02/27(土) 09:35:47 ID:Lkb8IsEn
>>45
ヌルハチ以前の小部族に連戦連勝とか言われてもなw
47 :人間七七四年2010/02/27(土) 20:29:26 ID:PnquVGWL
秀吉はあと5年生きてたら完全に植民地に出来たのにもったいない・・
48 :人間七七四年2010/02/27(土) 22:42:46 ID:1/NEmg0J
元でも朝鮮制圧するのに30年かかってる。しかも朝鮮単体。

秀吉軍は明+朝鮮相手で7年。朝鮮単体なら1ヶ月ちょっとで攻略。
秀吉が生きてたらあと5年ほどで喰ってただろ。

1900年以前の戦争は時間かかるのよ。
49 :人間七七四年2010/02/27(土) 23:04:39 ID:bnW8Oymz
秀吉が生きていたら明朝鮮連合軍に戦国オールスターズ(笑)は釜山まで追い詰められて全滅、その勢い駆って明朝鮮軍が九州になだれ込んできたかもしれんぞ。
51 :人間七七四年2010/02/28(日) 20:12:04 ID:xj35LBZf
>>49
クソチョンの妄想はまったく現実味がないなw
52 :人間七七四年2010/02/28(日) 21:14:20 ID:rDy/fWTW

【ついに正体をあらわした人類史上最悪のパワハラ朝鮮ナチス政権!】

「民主党、政権与党の力で長崎に不利益与えてやると『恫喝』…民主主義を否定する暴言、許せない」…長崎新聞
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1267080671/l50
「我々は政権与党。長崎県民が知事選でそういう選択するなら…民主党は長崎にそれなりの姿勢取る」と脅迫★9
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1266838942/l50
長崎県知事選で民主党候補が大敗…それでも小沢氏の参考人招致は拒否★5
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1266767370/l50
「在日参政権の反対派に圧力をかけよう」 民主党、韓国民団に呼びかけ…大阪★3
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1267216098/l50
54 :人間七七四年2010/02/28(日) 21:44:08 ID:xj35LBZf
思いっきり島津にボコられてイスンシン(笑)討ち取られてるのにw
55 :人間七七四年2010/03/01(月) 00:49:03 ID:a4UytjgP
チョン水軍が日本水軍より強かったらそもそも半島に上陸できないんじゃないか?
59 :人間七七四年2010/03/04(木) 13:02:27 ID:l7OMFY9q
火縄銃のどこが凄いって、補給にある
刀と槍で戦うなら食料現地調達で済むのだろうが
火縄銃となると勝手が違う、火薬から弾、火縄まで補給しなくちゃならない
一回の会戦で使う量は相当なものだろう、その補給たるや膨大になる
それを海峡を越えて補給できたんだから恐れ入るぞ
60 :人間七七四年2010/03/05(金) 20:04:05 ID:UX8OWk4h
こそこそ上陸できる人数じゃねえよクソチョン
お前らメクラかよww
61 :人間七七四年2010/03/06(土) 21:14:45 ID:pJDbQTMz
つうか冗談は抜きにして半島水軍は日本軍が上陸するとき何やってたんだよ
63 :人間七七四年2010/03/06(土) 22:00:33 ID:pJDbQTMz
んじゃあ日本軍が悠然と上陸するのを
指をくわえて見てたんだw
64 :人間七七四年2010/03/07(日) 02:01:36 ID:l/89DBQu
普通敵軍が侵略してくるのを
「動因がかかってないから」とか言う理由で見てみぬふりするもんなのかね
65 :人間七七四年2010/03/07(日) 02:17:05 ID:rSMbWIzx
文禄はともかく慶長はなんなのって話になるしなw
66 :人間七七四年2010/03/07(日) 08:32:28 ID:64tEbqW2
見てみぬふりじゃなくて見てなかったのだから当然だろ
当時は軍船なんて僅かしかなかったし帆か手漕ぎなんだから瞬時に集結させるなんて出来るわけない
真珠湾の卑怯な奇襲と同じで宣戦布告なしでいきなり攻撃すりゃ上手くいくに決まってるわ
だから倭人が調子いいのはいつも「最初だけ」なんだよなw
67 :人間七七四年2010/03/07(日) 14:36:28 ID:VKeycC6+
>>65
慶長はきっちり全力で先制攻撃してるだろーが
返り討ちで壊滅しとるけどさ
69 :682010/03/07(日) 14:54:33 ID:RLmOvknJ
おっと訂正。出典は『懲?録』じゃなくて『宣祖実録』だった。
70 :人間七七四年2010/03/07(日) 17:41:05 ID:l/89DBQu
事前交渉が決裂してる時点で宣戦布告してるようなもんだしな
それともチョン側はそれすらも気づけない連中だったのか?
71 :人間七七四年2010/03/08(月) 18:23:08 ID:vZ8p+1LQ
二大党派で争ってたからな。
一方が「日本が攻めてくる」と言えば、別な一方が「んな事ねーよ、この嘘つきめ」と反対の為の反対意見を出す。
王も纏める気が無いから中途半端な対応になる。
73 :人間七七四年2010/03/08(月) 22:38:05 ID:LNdfRuQa
勝ってたのになんだかわからないうちに交渉失敗して
実入りもあまりなく終わったってのも日本らしいけどね。
朝鮮は内部で分裂、明もがたがただったのに最終的に撤退して終わりは
残念の一言。
74 :人間七七四年2010/03/08(月) 22:54:00 ID:kGiJxCnC
まぁそれでも、撤退したのは事実
秀吉の死がどうたらなんてのは日本側の勝手な言い訳にすぎないわけで、結果的に逃げたことは負けを意味する
75 :人間七七四年2010/03/08(月) 23:58:42 ID:1hmwqJvQ
国土を焦土化されて壊滅状態となった朝鮮こそが勝者ということか
77 :人間七七四年2010/03/09(火) 01:14:37 ID:AznvKmm8
戦闘には勝ったが戦争に負けたってことで不満はないよ
この後関が原なんだから、手一杯だよ
79 :人間七七四年2010/03/09(火) 05:35:19 ID:Wt3cRBsw
よく考えたらすぐ後に関が原で大軍動かしてるんだから
どんだけ余力あったんだよって話だよなww
80 :人間七七四年2010/03/09(火) 11:33:24 ID:r491UWES
アメリカ人野球界(戦国武将)にとってメジャーリーグ(関ヶ原)>WBB(唐入り)みたいな感じかw
81 :人間七七四年2010/03/09(火) 13:55:10 ID:AznvKmm8
でもその後、明が潰れたりしてるから、あっちにとっては大打撃だった
のじゃまいか? 戦史以上な負け戦だったかもよ
82 :人間七七四年2010/03/09(火) 16:10:12 ID:Nfy8wSIY
一因ではあるが主原因ではないな
むしろ女真族すら主原因じゃない
83 :人間七七四年2010/03/09(火) 18:10:36 ID:dbgmQRmF
>>80
ちょっと違うのがメジャー選抜(戦国武将)は日本韓国キューバ(明)より弱かったが
実際の戦国武将は明朝より強かった。
84 :人間七七四年2010/03/09(火) 18:25:05 ID:AznvKmm8
万暦帝か、志賀直哉に万暦赤絵つう作品があって
それで万暦帝を意識しだしたのだが、たぶん朝鮮など
どうでもよかったに違いないよ
85 :人間七七四年2010/03/09(火) 22:14:15 ID:Wt3cRBsw
ま、元寇にくらべたら遥かに余裕があった戦いだったんだろうね
86 :人間七七四年2010/03/10(水) 00:15:51 ID:0cpbIvAi
いきなり本土決戦と攻め込まれる心配無しの外地での戦争じゃ、少なくとも後者に悲壮感は無いだろうね。
87 :人間七七四年2010/03/10(水) 02:13:11 ID:pM7enLtK
チョンコが反撃に転じて九州に上陸してくる気配なんてカケラもなかったんだろうなあ
実際なかったしww
88 :人間七七四年2010/03/10(水) 13:43:10 ID:hrVQwsvL
そら朝鮮じゃ無理
可能性があるのは明だけど、明もそんな余力はないし…



一方日本は関ヶ原で朝鮮侵攻をしのぐ大兵力を動員した
89 :人間七七四年2010/03/10(水) 18:01:05 ID:Sd7AKIvk
その大兵力でも、朝鮮すら我が物にできず撤退したのが日本という現実
悲しいけどやはりアジアは明と朝鮮が軸という証だね。いくら戦乱で鍛えられたといっても、アリである日本は象である明には勝てない
90 :人間七七四年2010/03/10(水) 18:05:00 ID:AWon6zdl
その明も異民族にあっさり滅亡させられたことを知ってて
あえてそんなことを言うとは
酷い奴だなw
91 :月孔雀2010/03/10(水) 18:14:14 ID:uPrrOHar
明、すぐ、滅亡してますが? 金に征服された。

秀吉さんの出兵で、得をしたのは、満州民族と
朝鮮民族。

太閤さん、いますか?どう思います?
92 :人間七七四年2010/03/10(水) 18:18:55 ID:SQuSKpHS
金のまえに反乱があるんだよ、金は落ちてきた餅を食べただけだよ
93 :人間七七四年2010/03/10(水) 18:21:09 ID:AWon6zdl
反乱があるのは弱いからだよ
何処の国にだって内乱あるし
95 :人間七七四年2010/03/10(水) 20:33:53 ID:SQuSKpHS
内乱ったって万暦帝が悪いのだよ、例のごとく酒池肉林だからな
97 :人間七七四年2010/03/11(木) 00:42:53 ID:iukxXhjR
ボコボコにされたのに反省がまったくないから
シナチョンは蹂躙され続けたんだろうね
100 :人間七七四年2010/03/11(木) 18:07:57 ID:xSNyC94G
弱くはないぜ。
弱かったらあんな大国を作って維持することはできない。
101 :人間七七四年2010/03/11(木) 18:47:24 ID:TnOWVZzX
中央集権タイプの軍は大量動員かけやすいけど質や士気に難があり、封建制度の軍は逆の性質があるな
なので、支那みたいな前者タイプの国家だと軍の戦闘力≒将帥の質になりやすい
支那の兵法書なんか「こんな農民上がりのヘタレやチキン共を率いて戦わにゃならんのか」っていう当時の将軍の苦悩が垣間見れる
102 :人間七七四年2010/03/11(木) 19:14:02 ID:+Msk0JhO
>>100
維持できてねーから年中異民族にレイプされつづけてたんじゃねーかよ
シナ豚www
103 :人間七七四年2010/03/11(木) 20:51:44 ID:otSeh+7y
李如松の李家軍とかは子飼いの私兵軍団だから強かったんだろうな。
明は軍事面を各地の軍閥に頼っていた、とかwikiに書いてあった
104 :人間七七四年2010/03/11(木) 21:29:32 ID:d3DNiLti
>>103
明に限った話しじゃないよ。
単純化すれば後漢末も清末も軍閥割拠という状況で大した違いは無いでしょ。
軍閥は支那の「骨」みたいなもんだ。
健康な時は外から「骨」は見えないが、老いたり重い病気にかかって肉が落ちれば外から透けて見える。
105 :人間七七四年2010/03/11(木) 21:31:44 ID:25kjfcPr
もっとも子飼いの馬軍だけで突っ走って碧蹄館で
一気にショボーンしちまったが。
106 :人間七七四年2010/03/11(木) 21:49:45 ID:nNom8eXm
あれは日本軍が壊乱しているという誤った情報によるものだからなぁ
歩兵主体なのにバラけて戦う当時の常識からすれば異常な日本軍をそう誤断したのは
無理も無いけど
107 :人間七七四年2010/03/12(金) 14:35:20 ID:UPYTdZhO
仮にも国軍である明軍と、豪族の寄り合い所帯の日本軍の差だが
蛮族相手に経験豊富な筈の部隊がそんなこと言うのは完全な言い訳でしかない。
108 :人間七七四年2010/03/12(金) 18:36:53 ID:JDHc9jQ4
明軍が1万9千だけだとしても、日本側も先鋒隊の約2万(上陸時の数だから実際は1割引くらいか?)
のだいたい同数で負けてるし、前哨戦では立花隊3千だけで約1万の明軍と渡りあってたからなあ・・・
110 :人間七七四年2010/03/12(金) 19:45:14 ID:fYSkWgHC
>>108
騎兵の優位が活かせない場所だからね
111 :人間七七四年2010/03/12(金) 20:06:50 ID:JDHc9jQ4
朝鮮軍って道案内してなかったのかな?
1万くらいいたらしいが
112 :人間七七四年2010/03/12(金) 20:41:29 ID:fYSkWgHC
碧蹄館は当時の幹線道路だから、追撃するつもりで行った明軍が
そこを通過するのは当然だからな
113 :人間七七四年2010/03/12(金) 21:08:45 ID:N5py3/3Y
義兵の前にいつも惨敗する悪の日本軍
この構図は常に変わらないね
キムヨナへの中傷への報復行為も、義兵による運動といえる
118 :人間七七四年2010/03/12(金) 21:42:41 ID:j8nh2ttu
いや、当時の朝鮮ってそんなにグダグダな国ではなかったろうと思うよ。

むしろ当時は日本のほうが内戦に次ぐ内戦でグダグダな国だったわけだが。
120 :人間七七四年2010/03/13(土) 01:25:01 ID:cbe8FUYh
それは史実だが。

当時朝鮮が内戦してたか?してないだろ。
日本は内戦してたよ。

史実だ。
121 :人間七七四年2010/03/13(土) 01:45:11 ID:ttyacgr2
中国が古代ローマだとすると朝鮮はエジプト
日本はエチオピアくらいだろうさ
123 :人間七七四年2010/03/13(土) 03:15:53 ID:Jm7qc0OK
>>120
内戦も起こせないような惨状だったというのが正解だろ。同民族内で人口の半数を奴隷とし、
毎春飢餓が発生するような地上の楽園だったからな。

いわば、現在の金氏朝鮮みたいなもんだな。


>>121
まぁ、朝鮮をエジプトに喩えるのは、エジプトは古代ローマの属国という意味では正しいな。

124 :人間七七四年2010/03/13(土) 05:23:18 ID:7gtLcROp
兵糧足りなけりゃ兵が略奪に走るのはどっちの国でもそう変わらない
朝鮮側視点から見れば、日本兵襲えば義兵で朝鮮の民衆襲えば山賊になるってだけ

明軍養う為に膨大な食料が必要だった事を考えると、まともに軍として統率出来る兵はそう多くはなかったろう
国家体制がどうとか内戦どうこうはあんまり関係ないよ
126 :人間七七四年2010/03/13(土) 09:30:56 ID:5RUbd7MO
>>123
クレオパトラがカエサルの愛人やってたりしてたなw
127 :人間七七四年2010/03/13(土) 09:54:04 ID:PkU1wRJr
当時の日本は中央集権じゃないんだから勝てる訳ないよ
あのドイツだって神聖ローマ帝国の頃は諸侯乱立状態で
隣国の兵隊に殺戮強姦され放題の状態だったし

戦術的には有利に進めても、諸侯にやる気がないから続かない。
被害も過剰報告して後ろに下がりたがる
そりゃ日本国内に火種がたくさんあるし
普通に益の無い対外戦争なんてやってる暇は無い
128 :月孔雀2010/03/13(土) 10:30:01 ID:58qSd/pN
朝鮮と、韓国って、違うんか?

関東と関西くらいの違いでいい?

分断国家のほうがメリットもありそうだね。
129 :人間七七四年2010/03/13(土) 11:44:48 ID:2h87ObSm
>>127
そんなの相手に苦戦した明&朝鮮ワロスwww


こうですかわかりません
130 :人間七七四年2010/03/13(土) 12:03:45 ID:H2VR6tvE
文禄で和睦しなかったら、晋州城を落とした後、全羅道を攻略して明軍と決戦。
その後才北上し平城を再攻略、義州で朝鮮王捕らえて降伏させる。
慶長で秀吉が死ななかったら、蔚山城、泗川城、順天城の3城で撃退した後
反撃に転じ、じっくりと北上して漢城、平城と攻略して制圧。
ってなりそうではあったんだけどな。
132 :人間七七四年2010/03/13(土) 12:40:15 ID:Jm7qc0OK
まぁ、慶長の役では、実際には実力行使で南部四道割譲という常識的な線で
行動予定だったしな。漢城は既に攻略目標になってないし。

半島北部については、あんな土地いらんわ!と文禄の役で実感したんだろうと思う。
133 :人間七七四年2010/03/13(土) 19:36:34 ID:FeOTLbgP
>>129
君は頭が悪いな
動員された大名だって、国内での領地を経営していかなきゃならんから
いつまでも朝鮮みたいな不毛な土地で油売ってられないだろ?
134 :人間七七四年2010/03/13(土) 20:31:27 ID:eTgEqiGR
何気に江戸時代中ずっと不平等な貿易で搾取しまくってたりしてな
あれだけフルボッコにして軍事力の差を見せ付けたんだからやらない方がおかしい
135 :人間七七四年2010/03/13(土) 21:08:58 ID:ttyacgr2
植民地経営なんて割に合わないんだよ
朝鮮、台湾にどれだけ日本の税金を注ぎ込んだか
その分を北海道やら樺太、東北のインフラにまわしていたら
136 :人間七七四年2010/03/13(土) 21:17:14 ID:cbe8FUYh
うん。
反日運動を押さえ込んでまで植民地を維持しても損失のほうが大きい。

特に朝鮮とか台湾とかは、ショボイショボイ土地だ。
137 :人間七七四年2010/03/13(土) 21:29:00 ID:ttyacgr2
ドイツなんかアウトバーンとか造ってるのにな
今だって子供手当てとか、インフラにまわせよ、ほんと
ばかかと…
138 :人間七七四年2010/03/13(土) 22:52:25 ID:aHMFTSpR
>>137
馬鹿はおまえだろ
139 :人間七七四年2010/03/13(土) 23:07:35 ID:90eKhlUC
しょせん猿真似倭人じゃ上っ面をパクるだけが精一杯だからな
140 :人間七七四年2010/03/13(土) 23:28:23 ID:sts+b+J7
何いってんだよゴミチョンww
いい加減日本にストーキングすんなや
142 :人間七七四年2010/03/14(日) 15:25:53 ID:+esrDZIE
そういやチョンって対外戦争で勝ったこととかあんの?
143 :人間七七四年2010/03/14(日) 15:49:50 ID:AnuNArw+
単独では大きな戦争で勝った事ないんじゃ?
大国と連合組んで勝ち組になったことなら何度かある。
144 :人間七七四年2010/03/17(水) 01:13:03 ID:U/v5U1D/
>>142
高句麗が隋の遠征撃退してる
後は新羅が唐を半島から追い出してるのと、高麗が遼を撃退してるのぐらいかな
いずれも単独
146 :人間七七四年2010/03/17(水) 17:13:36 ID:S9WlUoYW
あと3年ぐらい長生きしてれば朝鮮はなんとかなったかもしれんのに
明に入ってからのほうが楽だったりして
147 :人間七七四年2010/03/17(水) 17:26:33 ID:mon1QO7A
ほとんど日本の西半分の勢力しか使ってないけど
秀吉はそのうち東日本の勢力もつぎ込むつもりだったんかな
149 :人間七七四年2010/03/17(水) 18:33:16 ID:nIu+JI3n
いや、よく似た概念だとおもうが。

占領とは?
統治とは?
説明できるか?
150 :人間七七四年2010/03/17(水) 19:06:35 ID:/zPkcoH7
占領→黒いオセロをみんな白に変えること
統治→黒も白もおもいのままにピンクに変えること
151 :人間七七四年2010/03/20(土) 00:53:03 ID:7hFjXlM3
戦国時代の合戦は
なんでもありな戦いではなかった
足元を攻撃、狙うのは反則とか
背後から攻撃するのはなしとかね
武士で背中に切り傷があったら、お家断絶とか

秀吉の文禄・慶長の役とか
当時、アジア最強を誇った軍事力を擁しながら
海賊しか実戦経験のない朝鮮軍に結果負けた
殆ど実戦も知らない、軍の組織運用も知らない素人集団の朝鮮軍に対して
初期は圧倒して気散らしたが、「義兵」と呼ばれる民兵の組織が
ゲリラ戦法を行ったせいで日本軍は混乱した
援軍の明も、長い戦国時代を経験し職業軍人も多数いた日本軍の敵ではなかった
武器も日本は射程が長い狙撃用の火縄銃を常備
相手の主力、弓は120メートル程度の日本の弓の300メートル弓よりもショボイ武装
これ程、差があったにも関わらず
ルール無用のゲリラ戦法や日本の武士道のせいで負けた
153 :人間七七四年2010/03/20(土) 02:05:05 ID:kLjDQPLo
明は火縄銃をもちろん知っていたし、にもかかわらず
日本の銃を鳥撃ち銃だと馬鹿にしてたのじゃないの?
154 :人間七七四年2010/03/20(土) 10:49:35 ID:/fEgFkaZ
チョンって民族として戦争弱いんじゃないか
戦争強かった時期とかあんの?
いつの時代も回りの国に媚びへつらって生きてる印象あるけど
155 :人間七七四年2010/03/20(土) 11:26:07 ID:PTAtHGIf
ベトナム戦争の時のキルレートがアメリカ軍より高かったらしい。
156 :人間七七四年2010/03/20(土) 11:30:51 ID:GIGMN2fB
>>151
容赦なく根絶やしにすれば良かったのにねw
157 :人間七七四年2010/03/20(土) 11:56:48 ID:ZrE02ZZ8
>>151
明は騎馬民族相手に実戦経験あったでしょ
確か朝鮮もそうだったはずだけど
文明や文化の違いでお互い思うような戦争にならなかったみたいだけど
158 :人間七七四年2010/03/20(土) 11:58:49 ID:/fEgFkaZ
>>155
メリケンのオマケで遊んでただけだろ
159 :人間七七四年2010/03/20(土) 18:44:01 ID:kLjDQPLo
ベトナムで戦った全斗換と盧泰愚が報われることはないのかなあ
実戦経験に裏打ちされたクーデター、オリンピック
反対運動なんて屁でもなかったろうに
あの二人がいなかったらどうなっていたことか
全く理解してないばかんこくじん
まあ、ひとごととはいえないのかもな
161 :人間七七四年2010/03/20(土) 21:48:37 ID:6vskV2TG
>>151  
朝鮮軍に負けたって、お前アホか?
最初から最後まで日本軍に歯が立たず、
ボロ雑巾のように殲滅されてきたのが朝鮮軍。
国の英雄イスンシンも島津にぶっ殺されてるし。
かろうじて優位を保てたのは小規模な海戦くらいだろ。
162 :人間七七四年2010/03/20(土) 23:42:01 ID:f29NBhYy
まあ、倭人の言う勝利とは逃走する事みたいだから
確かに倭が勝ってたんだろうね「笑」
163 :人間七七四年2010/03/21(日) 04:41:47 ID:T3iZOGFI
明あっての朝鮮
明に守られなかった戦いは2ヶ月もたずに負けている
164 :人間七七四年2010/03/21(日) 05:42:45 ID:9XAYomuP
ボコボコにされながら
勝ったニダ(キリッ
ってのは糞チョンの得意技じゃんw
165 :人間七七四年2010/03/21(日) 14:08:54 ID:EKcRvNRh
朝鮮戦争での北朝鮮とかもそういう感じだよな。
一方的にボコボコにされてるだけなのに、なぜかB29をバタバタ打ち落としたとかいう伝説が生まれてる。

北朝鮮のおかげで少しは日本に特需がきたんだから別に日本はなんも損してないからいいんだが。
166 :人間七七四年2010/03/21(日) 14:24:47 ID:ShKX0D+S
まぁ、B29がバタバタ堕ちてるというのは間違いでもない。
落としたのは中共のMigだけど。
167 :人間七七四年2010/03/21(日) 14:31:04 ID:EKcRvNRh
大東亜戦争でB-29は延べ28558機出撃で喪失518機、
(史料によって違うが出撃毎重爆喪失率は日独ともに1.5%前後)
朝鮮戦争では延べ21000機出撃で喪失34機。

B-29が朝鮮戦争でそれほどMigの餌食になった事実はない。
168 :人間七七四年2010/03/21(日) 14:41:03 ID:ShKX0D+S
それ延べ機数で見るから勘違いするんだろうけど、作戦行動半径が短い(北九州-半島北辺)から
やたら延べ出撃機数は多いけど、当時の保有戦力は最高時でも99機なので損耗率はかなり高いわけよ。

ちなみに戦闘機による損失は16機な。
169 :人間七七四年2010/03/21(日) 15:03:37 ID:EKcRvNRh
勘違い?
なんも勘違いしてないとおもうが

延べ出撃機数でみるのが公平だろ
170 :人間七七四年2010/03/21(日) 15:48:56 ID:EKcRvNRh
対独戦で米陸空軍は延べ1,693,565機の出撃で、戦死に負傷と行方不明加えて94,565人。
対日戦で米陸空軍は延べ669,235機の出撃で、戦死に負傷と行方不明加えて27,142人。
朝鮮戦争でFEAFは延べ720,980機の出撃で、戦死に負傷と行方不明加えて1,841人。
171 :人間七七四年2010/03/21(日) 17:10:42 ID:ShKX0D+S
おいおい、反応がまるでどこぞのミンジョク的だな。

いくら延べ数を出したところで対Mig戦の実相は見えてこんよ。
朝鮮戦争のB29の出撃は地上軍直接支援の戦術爆撃と輸送路爆撃が多くを占め、
実際に中共空軍の迎撃を受けた半島北部への戦略爆撃(橋梁爆撃)の出撃機数は
限られる。
鴨緑江近辺はほぼ中国空軍の制空権下にあって、F84では太刀打ちできず損害が
多いため作戦が中止されたり、夜間に限定されたりということがあったワケだ。

F86配備後も、51年10月には、わずか一週間の間にそれまでの全損失と同数の5機を
1日で失ってたりする。
172 :人間七七四年2010/03/21(日) 17:13:24 ID:ShKX0D+S
おっと訂正。

× 1日で失ってたりする。
○ 失ってたりする。
173 :人間七七四年2010/03/21(日) 17:46:48 ID:bCRxeaZ8
おいおいさすがにここでチョンコ戦争について熱く語るなよw
176 :人間七七四年2010/04/10(土) 06:52:41 ID:WznsKd4V
>>151
チョン乙。槍は突くものではなく、打ち降ろしたり足元を凪払えとされていたんだが・・・・
背後からの攻撃云々とか江戸の武士道で語るなや。刀だけしかないなら逃走も許されていた戦国時代の武士道と江戸時代の
武士道は全くの別物
177 :人間七七四年2010/04/17(土) 14:51:46 ID:37eSPiyV
前スレを嘘レスで埋め立ててたID:DrrFeNMBは、嘘は百回言っても嘘のままという事実が分からないらしいw
178 :人間七七四年2010/04/19(月) 18:18:08 ID:ceIi0Vny
何か新情報新発見でもない限り、唐入り関連スレはもぐら叩きくらいしかする事ないか。
179 :人間七七四年2010/04/20(火) 19:21:49 ID:Q18LD0iY
つっても加藤小西小早川なんかは早い時期に家が潰れてるし
島津鍋島は明治の勝ち組、向こうの方は期待できずと、また極端だしなぁ

黒田細川あたりの未整理資料頼みくらいかね
180 :人間七七四年2010/04/20(火) 20:36:51 ID:86dwPttl
>>179
立花家なんかも改易中に無くなった資料が多いだろうしな。
181 :人間七七四年2010/04/23(金) 21:02:41 ID:C8jxwrhZ
文禄慶長の役で最大の資料喪失は大坂の役による豊臣家文書喪失
182 :人間七七四年2010/04/23(金) 21:57:00 ID:aUwYBN1a
結構文書は残ってるのでは
183 :人間七七四年2010/04/24(土) 03:34:28 ID:mbWS/T8A
>>182
どこにだよ。是非、教えてくれw
184 :人間七七四年2010/04/24(土) 13:45:44 ID:d1Uqn8+Z
>>181
ものスゴイ量の史料や文化財が焼けてそうだよな
185 :人間七七四年2010/04/25(日) 18:16:36 ID:tmz5qB51
戦場で何が起こっていたかは
各武将が前線から秀吉に宛てた報告に詳細に書かれていたはずだが
これら前線からの報告書は殆ど残っていない。理由は大坂の役による豊臣家滅亡と大坂城焼失

今残っている史料の多くは出征した各大名家に残るもので
前線からの報告を受けた秀吉が各武将に指示を与えた内容の書状が多いが
これは戦場で何が起こっていたかについては具体性が乏しい。

186 :人間七七四年2010/04/26(月) 14:34:55 ID:NT74vezT
目的無く戦争を始めた秀吉に勝ち目はなかった

255 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:2010/04/26(月) 14:05:15 ID:INlKbkv2
>>248
ですなw>「伝承がある」という風に理解しておく
というか、朝鮮出兵の事に関してはいまいち良くわからないことが多いですな……
「朝鮮軍は李舜臣がいる間は強かったが、彼がやられたあとまたボロボロに負け始めた」という話を聞く事もありますけれど、秀吉があと10年生きてたら戦には勝てていたんでしょうかね?

256 名前:安崎ワンコー守 ◆Nyago/LmVE [sage] 投稿日:2010/04/26(月) 14:11:06 ID:ZG34xCNo
>>255
>秀吉があと10年生きてたら戦には
 まあ無理でしょ。
 そもそも「唐入り」してナニをどうするかという明確な目的もなく始めた戦争ですから、大名のモチベーションが維持できない(w
 そうなると戦費の調達が難しくなり、前線の維持もできなくなり、更にモチベーションが下がるというスパイラルに陥った可能性大。

257 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:2010/04/26(月) 14:28:18 ID:INlKbkv2
>>256
戦に参加させられた大名家は、みんな大変だったらしいですからねー>戦費の問題
戦を始めた理由としては「兵隊を減らす事を目的とした公共事業(天下を平定したあと、それまで家に置いていた兵隊をなんとかしなくちゃいけなかった)」という説もあるようですけど、秀吉は年食ってからそこまでモウロクしてたのか……
188 :人間七七四年2010/04/26(月) 15:01:35 ID:NT74vezT
263 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:2010/04/26(月) 14:54:25 ID:INlKbkv2
>>259
まあ、ある意味じゃあ今のアメリカに近かったのかもしれませんな>秀吉
(カーターの尻拭いという事情はあったにせよ無目的にイラク戦争に金をつぎ込んで、んでどこまでも泥沼化して……)

(というか村上水軍は済州島にも勢力を持っていたそうですけれど、信長だったらそういうとこから堅実に攻めていってたかな?)
189 :人間七七四年2010/04/26(月) 15:46:26 ID:kSw8FAEr
>>186
>「朝鮮軍は李舜臣がいる間は強かったが
はいダウト。李舜臣がいる間も朝鮮軍の劣勢なまま。
登用序盤頃、一時的に海上補給に圧迫をかける事ができたくらいで、
すぐに日本軍に対応策を取られてからはロクな戦果を出せてない。
190 :人間七七四年2010/04/27(火) 06:21:59 ID:1c5V6Fcq
>>189
水軍単独の能力など、たかが知れていたが。
確かに李のターンはあった。
1592年の5月6月7月の三ヶ月だけだな。
191 :人間七七四年2010/04/27(火) 13:07:23 ID:7yoCwh7K
>>兵隊を減らす事を目的とした公共事業
これもダウトだな。兵士への俸禄確保の為に戦争する事はあっても、
せっかく動員した兵士の口減らしの為に戦争をする事はない
高校レベルの世界史でも勉強してれば、
国内統一した勢力が海外進出する傾向が高い事が常識だとわかるもんだが
経費削減なら漢の劉邦みたいに難癖つけて功臣を粛清する方向性に出るだろう
192 :人間七七四年2010/04/27(火) 19:42:52 ID:PNjBkFGp
276 名前:新那智神社黒神主 ◆AOZAIN.UDM [sage] 投稿日:2010/04/27(火) 00:20:53 ID:h8hVAqCt
>>257
参加させられたってのも微妙なところすなあ、加藤清正辺りはノリノリで参加したってのもあるし。
(ただ、現地の土地があまりにもしょぼいので、後悔したという話も)
ただ、徳川家康・最上義光・伊達政宗などは反対ってか、乗り気でなかったっぽい。
東国大名のため実入りが無いってのが最大の理由でしょうけど。
家康が義光宛に「今回は俺も義光君も唐入りから外されたね。いや〜、ヨカッタヨカッタ」とか書いてるので、まあ、少なくともこの二人は乗り気でなかったんでしょう。

>>267
まったく関係ない話だが、砲術家の稲富祐直はものの見事に撃った鉄砲を外し、鉄砲の名人でもなんでもない人が見事命中させちゃったんで恥をかいたとか何とか。

277 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:2010/04/27(火) 05:12:46 ID:2ds+ROBd
>>276
「カネはかかるわあまり土地の実情を知らないわで今回はかなりギャンブル要素が強いけど、
秀吉公が『天才』である事に間違いはないわけだしそのままついていっても問題はなかろう」
(まあ、清正の場合は「秀吉大好き」というのがあったのかもしれませんけど)
朝鮮の戦にノリ気だった大名というのは、こんなような感じだったんじゃあないですかねぇ。

 家康と義光と政宗は揃いも揃って「秀次」の事で秀吉に不信感を持った方々ばかりなわけですし、
「秀吉公は、この戦でわしらの戦力を削る気じゃないか(当の豊臣家は、ほとんど金なんて使ってないし……あの人は、ホントちょっとおかしくなってるとしか思えん)」という気持ちもあったのではないかと

285 名前:新那智神社黒神主 ◆AOZAIN.UDM [sage] 投稿日:2010/04/27(火) 19:29:29 ID:h8hVAqCt
>>277
ただ、秀吉も唐入り決断の前までは「若い侍はみんな寺で修行させるか」とも言ってたそうですからねぇ。
武功を求める声があまりにでかすぎたんでは?
もちろん秀吉も乗っただろうけど。

しかしそれで考えると、こんなアブない連中の牙を抜ききった家光と綱吉マジパネェ。
193 :人間七七四年2010/05/23(日) 23:26:46 ID:T7NYDxI6
『日本史』豊臣秀吉篇第三七章(第三部四八章)
「朝鮮に向けて出発したアゴスチイノが、ついで幾つかの城を攻撃し、大いに苦労して
軍勢をもってそれらを屈服せしめたこと、ならびにそこで彼が獲得した名誉について」
・双方とも大いに奮戦したが、朝鮮人は頭上に振り翳される日本人の太刀の威力に対抗できず、
ついに征服された。朝鮮人の側では約五千の兵が戦死し、日本人の側では二つの城塞
(の攻略に際して)百人近くの戦死者と四百人以上の負傷者を出した。

『日本史』豊臣秀吉篇第三八章(第三部四九章)
「アゴスチイノが朝鮮の都に入るに先立って生じたこと」
・だが日本軍はきわめて計画的に進出し、鉄砲に加え、太刀の威力をもって散々に襲撃したので、
朝鮮軍は戦場を放棄し、足を翼(のよう)にして先を争って遁走した。
194 :人間七七四年2010/06/01(火) 16:19:00 ID:kW/GW7tW
>>189
それこそダウトだろw
李瞬臣は日本側を何度も打ち破ったが、後世言われるような海上補給を立てる位置ではなく、侵攻する日本軍を迎え撃つ形の受動的な行動。
補給が滞ったのは、陸上と同じ民衆の自発的ゲリラが頻発したからだよ。
当時は補給線という概念自体(特に日本側には)あまりない。
195 :人間七七四年2010/06/01(火) 16:40:53 ID:NkfCUV16
朝鮮民衆の自発的海上ゲリラスゴス

んなもんがあったなら世界の戦史上でも希有だなw
196 :人間七七四年2010/06/01(火) 17:22:13 ID:OY3wQ500
>>195
別に稀有じゃないぞ。
軍艦と民間船の格差がありすぎる近代あたりと違って、そこらにある船で乗り付けて強奪、なんてそれこそ戦国の日本でも見られた現象だからな。
197 :人間七七四年2010/06/01(火) 17:28:58 ID:k/QYlfT1
「国中へ人足・下人悉く越電せしめ罷り帰り候条、聞き立てはつけあげ申すべく候事」

戦争に嫌気が差して逃げ帰る連中が日本軍に多数いたけど。
こいつらも泳いでかえるわけにもいかないから船や物資を強奪してったんだろうな。
つうか複合的要素の結果と考えるほうが自然だ。
198 :人間七七四年2010/06/01(火) 17:42:34 ID:yKBq2mMF
船といえど夜間は沿岸に停泊しとる訳だから、そこを狙う
だから陸上ゲリラだって船を襲ってくるんよ
当時は沿岸部の確保=制海権と言ってもいい

そんな訳でちょっとは権慄も評価してあげて下さい
199 :人間七七四年2010/06/01(火) 17:50:49 ID:sr9n/1g5
そもそも当時は戦闘艦艇と輸送艦艇の厳密な区別はほとんどなかったからな。
戦闘での損失が輸送効率の低下に直結してても不思議じゃない。
まぁ当時の海運力で、継続的に大軍を養えというほうが土台無理だったんだろうが……。
200 :人間七七四年2010/06/01(火) 18:07:50 ID:NkfCUV16
>>196
そういうのは、海賊であって自発的海上ゲリラとは言わないな。


vip_2ch_news at 01:50│Comments(1)TrackBack(0)戦国時代 

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この記事へのコメント

1. Posted by Q   2013年09月25日 15:35
本スレ>194
補給不足の原因は、
輸送隊の長距離の往復の間の糧食消費、
困難な地形、人手不足がたび重なって補給が
遅延・不足した。


あと冬季に入ったので、
秀吉軍は補給の路が絶たれたとの
記述もある。(基本的に冬季に入ると軍事行動は極端に制限される)
名護屋-対馬-釜山も冬の荒波で船が渡航できないと記されている。

同書簡には、春季(1594)が訪れたので、補給が再開されて
釜山には一年半以上持ちこたえられるほどの物資に溢れているとも記されている。

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